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−祖父江先生を偲んで−


 

 ラジオから彼の死去のニュースが流れた。驚きの中にも、とうとうその日がきたのだ、と自らに言い聞かせる。その日名古屋で買った中日新聞名古屋市内版には、「虐待防止ネットワークあいち(CAPNA)」理事長祖父江文宏さん死去。「常にこどもの視点」−相談態勢を整備−と九段抜きで彼の尊い業績を讃えていた。

  彼との交流は二十年以上にもなる。郡上の教育現場での講演会にも幾度となく足を運んでもらった。中学校や本堂で「鬼」と題するひとり芝居を演じてもらったりもした。 当院での最後の講話は、昨年六月六日、中高生の同朋会発会の日。三十分の要請に彼の話は一時間以上も若い人たちの柔らかい心に深く入り込んで揺さぶった。その頃すでに不治とされる間質性肺炎は、彼の肺機能を著しく低下させ、鼻に通したパイプで四六時中酸素ボンベの力を借りて呼吸を補っていた。

  今年三月十一日、その日はよく晴れた暖かい日であった。自然が豊かに残る風景に、風見鶏がよく似合う木の香りと温もりがいっぱいあるシャレた彼のお気に入りの家を、妻と訪ねた。「僕はエラ呼吸に切り換えたいのだが、郡上にいいエラはないかね」と言っていた彼に、エラの成長を助ける力になればと、郡上のうなぎとシシ肉を手土産に持参した。

 彼は、教えに出遭えた喜びを静かに語り、私が抱える家庭内暴力にともなう親子の葛藤の問題やDV(夫や愛人による女性への暴力)、そして宗門への教化の課題を適格に、確かに助言してくれた。

  子どもたちをいわれのない暴力、ときに死に至らしめる虐待からその小さないのちを守るために立ち上げたCAPNA。その活動の中でどれほど多くの子どもたちが救われてきただろうか。今、その活動の輪は全国に広がろうとしている。「あなたが一日でも長く生きることが、子どものいのちを救う一日となるのですから」と言って別れたのが最期となった。

  彼は数年前、自らの病を悲痛なことばで綴ってきた。そしてその数ヵ月後「今はなすべき今日の大切さを思う」と書いてくれた。やがて確実に訪れる死、その死をみつめ、生を見定めた彼に、それはあたかも死という杭を崖の頂きに打ち込み、垂らしたロープを着実に登り続けようとする姿を、私に連想せしめた死をもって人生の完成を時とする。そのような生の積極性を強く印象づけ、最後まで教え導いてくれた。

 「ありがとう」の一語に尽きる。 願わくば安養の浄土より照覧して遠く未来に灯炬をかかげんたまわんことを。南無阿弥陀仏。

                  (2002年6月 住職ゴリラ)

〜『ねがい』より〜

 

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