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−雅子の結婚にあたり−


  長女雅子が5月26日、茨城県出身の山ア大輔君と結婚します。式は、東京練馬にある東本願寺真宗会館にて、仏前式で行います。披露宴は両家の両親の兄弟姉妹夫婦と本人の弟妹のみで、顔合わせの懇親会風にささやかに行う予定です。

 雅子は、山梨の大学を出てから東京で就職し、多忙な仕事のためめったに帰省することはありませんでした。四人姉妹の下三人がそれぞれ学校を出てから地元に帰り、自宅住まいをしているのとは違い、たまに会ったときに話をすると、何となくぎこちなさが今でもあります。  長女に生まれた雅子の子育ては、今から思えばまことに幼稚なものでした。四人の子の中で一番問題を提供してくれたのが他ならぬ雅子でしたが、その多くが親のあり方の問題に端を発することでありました。ですから、雅子の行動から親が問いかけられ、親としての課題に随分悩んだりもしました。

 あれは小学校に入学した矢先の4月のことでした。「お父さん、私はお父さんとお母さんが結婚したから生まれたんやね。もし結婚してなかったら、私ってどうなっていたの?」「私はいったいどこから来たのか」と問うこの大きな課題に、私たち夫婦は答えに窮したことがありました。私たちがつくった子、という子の生命を所有化している意識の中からは答えが全く見つかってきませんでした。のちに、中国の善導大師の「父母の精血をもって外縁となし自らの業識をもって内因とする。因縁和合するがゆえに此の身あり」のことばとの出会いで、学ぶことができました。つまり雅子は、自らが生まれたい、生きたいと内発するいのちのはたらきを因とし、私たち夫婦を依り処としてこの世に誕生してきた。まさに雅子自身の意志のはたらきによって誕生をみたということです。この善導大師のことばに出会うまでに、随分と時間がかかりました。そして「雅子」という独立した生命の存在は、親の所有化、私有化を許さないことをはっきりと教えてくれたのです。

 自尊心の強い雅子は、良くいえば独自性があり、悪く言えば協調性に欠けるその性格のため、いじめを受け不登校になったこともありました。その思いもかけない出来事は、私たち夫婦に苦悩の日々をもたらしました。でも、もっと苦しくつらい毎日を送ったのは雅子自身でした。しかし、その苦しみは雅子の成長に決して無駄ではありませんでした。

 現在、大都会東京で複雑怪奇な人間社会にもまれながらも、たくましく自らの道を切り拓き、そして寄り添って築き合おうとするよき伴侶に出遇うことができました。これからの歩みが、真宗の教えを経(たていと)として、雅子自身の鮮やかな人生を織り上げていってくれることを願うのみです。

                         (2003年5月 住職ゴリラ)

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