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−祖父からの手紙−


  書院の棚に置かれた一冊の古ぼけた本がある。「法味」と名付けられたこの本は、祖父(翠)が、郡上八幡の古刹安養寺の先々代住職法香院講師(楠  師)を得道の師と仰ぎ、その恩徳に謝して出版したものである。

 私が大学1年になった春、祖父は一通の筆書きの封書をしめし「これはな、わしの8番目の長女美和子(3歳)が亡くなって一週間後に法香院さまから送られてきた手紙や」と言って見せてくれた。

 悲しいことでございますね
 本当に本当につらくさみしいことで ございましょう
 どうぞ泣いて泣いて泣いて下さい  
 そしてその涙の枯れる果てに
 キラリと光る何かを  見つけてください

 父(耕正)を頭に、7人の男の子が生まれ、8人目に初めての女の子の誕生をみた喜びの中で、可愛く成長した美和子を、父の兄弟みんなが大事に慈しんだ。しかし急性肺炎(当時は"はやて"といった)を発病し、あっという間に亡くなってしまった。その深いやり切れない悲しみの今だ冷めやらぬ初七日に、届けられた手紙だった。祖父は「師の本当の優しさにふれて涙し、師の本当の厳しさに慄然とした想いにかられたのもこのときが最初やった」と語ってくれた。

 「涙の枯れる果てにキラリと光る何かを見つけよ」とは、何と厳しいことばであろうか。子どもが死んだら犬や猫でも泣く。かつて26年飼っていた山羊がそうであった。人間であるということの違いはどこにあるのか。亡くなった美和子が、死んでからもなおわが子として出遇うことのできるあなたであれ、わが子の死を無意味に終わらせるか、そうでないかはあなたのこれからの生き方にかかっているのですと。  「わしが師について真剣に学び始めたのは、この時からやった」己のことを語ることはほとんどなかった祖父から、唯一聞いたことばが、40数年たっても鮮やかにその情景とともによみがえってくる。

 大学生活の始まりを前に、よき師、よき友との出遇いがどれほど人生を豊かにするものであるかを語ってくれた祖父が、いよいよ身近に私を支えてくれていることを実感する今日この頃である。

 「耕正、何も言うことはない。ありがたかった。」と臨終の一言を残して還浄した祖父は、様々な苦悩の道をいただきながら師の教化を受けて、本願念仏の教えに直参した歩みであった。そのことばは、教えが念珠の糸のように貫く人生の尊さを、最期のことばに託して私に呼びかけてくれたことばでもある。

                         (2003年7月 住職ゴリラ)

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