つぶやき★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜

−修善も雑毒なるゆえに−


 イラク状勢が混沌とする中で、日本人の人質(拉致)事件が起こった。幸いに5名全員が無事解放されたのだが、この事件を通してイラクに関するいろんなことが見えてきた。

 イラクの民主化のため治安回復をめざすというアメリカの強大な軍事力を背景にした力による統治支配は、今ではイラク国民の多くが拒否的である。したがって、アメリカに追随する日本の自衛隊に対しても非難の矛先が向けられるのは当然である。

 日本人3名が拉致された当初、3名の生命との引き換えに自衛隊の撤退が要求された。人質を盾に取るということは、もっとも卑劣な要求手段である。しかし「テロ集団には屈しない」と言った小泉首相だが、相次ぐ拉致行動は単なるテロ集団の突出した異端者の行動というより、イラク国民のイスラムの国の聖なる大地をじゅうりん蹂躙する侵略者達という認識が強くなってきているからだといえる。したがって各民族の抵抗行為であるといえる。

  拡大し、ますます状況が悪化しつつある今、小泉首相が3人の生命と引き換えに自衛隊を撤退する決断を下していたら、生命の尊厳が薄っぺらになっている今日、生命の重さを認識させるどれだけよい機会ともなっていただろうなと。そして、その英断は日本の国の品格を世界に知らしめただろうに、との思いが頭を横切った。

 アメリカやイギリスを中心にしたこのイラク攻撃には、大量破壊兵器やテロ支援国家のフセイン体制を崩壊に導き、新たな民主国家を建設するためにという名目があった。しかし現在、アメリカ国内においてもイラク攻撃への功罪と利権への懐疑が取り沙汰されているように、国連を無視した大国の独善性が露わになってきている。そしてアメリカに追随する日本の大義も不明がぬぐえない。

  「善きことをしたるが悪きことあり"われ"の心があれば悪し」と蓮如上人のことばがいい当てているという独善性がけっしてよい結果を生まないのだと。 「われの心」を教えの鏡の前に引きすえる大切さを思う。

                           (2004年4月 住職ゴリラ)

since1999/3/11 Copyright(C)1999 shomyoji all rights reserved.  
文章の無断転載を禁じます。