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苦しみ 悲しみは 自分に真実を教えてくれる


 11年前の8月16日、堂内に響く蝉しぐれの中、94名の若者が静かに鎮座して法要の開始を待っていた。どの顔も一様に緊張の面持ちを隠さない。その1年前の8月15日午後、増水し濃い軟玉色に流れる長良川で水面下に消え、翌16日夕刻、変わり果てた姿で発見されたA君当時23歳。彼の一周忌にご両親は彼の死を悼む多くの友人をこの法要に招かれた。それは、長男A君の死を通して、真実の教えに遇い得たご両親の、優しかった友人たちへの感謝の心であり、息子の死を見つめるところに彼らの生をいきいきと輝かせたいと願いから出たものであった。
 二七日の折、お母さんから「正之さん、息子は何故笑っておれるのでしょう」と、素敵に微笑んだ遺影を前にして、どうしようもないこの悲しみが受け入れないでいるご自身の苦しみを打ち明けられた。国立大を卒業し、念願の旅行代理店にも就職し、婚約者までいたA君。彼をここまで育て、明るい未来が開かれようとしている矢先、その安堵と喜びが一転して絶望の深淵に突き落とされた現実が、どうしても納得いかないその思いが募るのでありましょう。「お母さん、お母さん今の姿、ことばをもし息子さんが見える世界から見ていたとしたら、彼はどんな気持ちでいるでしょうか。という言葉が思わず私の口からついで出た。その途端、かたわらに座していたお弟子さんが、ハッとした様子で「先生、これですよ、これ!」と言って中陰壇の上に張られたたて長の紙を指差して言葉を発した。その紙には、前住職耕正が突然の深い悲しみにうめくご両親を思いやり、初七日に筆をしたためた「亡き子を案ずる私が、亡き子から案ぜられている」という言葉であった。
 三七日の朝、重い心を引きずって訪れた玄関先で、お母さんの明るい晴れ晴れとした声が響いた。やつれた顔からは痛ましさを感じられるが、その表情には何か憑きモノから解放されたような輝きがあった。仏間に入るやいなや、お母さんは畳に深々と頭を下げて「正之さん、本当に本当にごめんなさい。愚かな私でした。一週間前、私は息子の心を汲むこともできない情けない罪深い私でした。息子はおばあさんや私たち、そして弟たちを気遣い友達を大切にする心優しい子でした。そんな子が、自分の過ちでみんなに深い悲しみを与えてしまったことを後悔しないはずはありません。そのことに気づきもしないで自分の思いだけで、息子に恨みつらみを言っていた本当に愚かしい悲しい母親でした。」と、一気に述べられました。
 自我の思いのままでことがらを見つめたとき、そこには悲嘆と悔恨の情しか沸いてこないのでしょう。真実のことばは、如来の智慧のはたらき。その智慧は我執に覆われた人間の知恵を転依(拠りどころを転ずる)せしめることのまぎれもない事実を、お母さんから教えられる。「私のあり方そのままが、息子の悲しみを深めさせ、親に謝り続ける世界へ追いやっていたのです。息子は阿弥陀様の後背の一本でした。」このように語られるお母さんの姿に、どれほど流したであろう悲痛の涙。そしてその涙の枯れる果て、見出したキラリと光る出遇いの確かさを見た。
 父にA君のご両親のことを伝えたら「よかったなあ」と一言いった。その父もA君の四七日の朝、突然浄土へ還っていった。本堂にて5枚の紙に「愛楽仏法味」と大書した直後に倒れたのであった。9月12日、父の13回忌を迎える

(2004年8月 住職ゴリラ)

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