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知  恩(カタンニュウ)  partU


 前号で、古いインドのことば『カタンニュウ』について書きましたが、今回はそのパートUです。中国では「知恩」と訳されたこのことばの本来の意味は、「なされてあることを知る」「あらしめられている事実に気付く」という意味だと紹介しました。このことばの持つ深い意味を、ある日の同朋会で会員の話の中から教えてもらいました。
 春先の大雪で倒れたヒノキの若木を起こすために、山で連れ合いと二人で仕事をしていた時のことだそうです。六月の蒸し暑さと草いきれの中で、足場の悪い斜面に立っての作業はきつくて辛い、滴る汗を拭いながらついつい愚痴が漏れたそうです。
 「それにしても阿保らしいことや、えらい目して育てても、わしらの生きとるうちに切って金になるわけでもないもんなぁ」と。そうしたら、一生懸命働いている連れ合いが仕事の手を止めて、「お前何言ってるんや。確かにこの木は孫かひ孫の代にしか切れん。それでもええやないか。孫たちが喜んでくれるんやったら。今度建てた家やって先祖が大事に植えて育ててくれた木があったからやないか。そしてやな、大事なこたぁ今こうして働けるっていうことがありがたいんとちがうか・・・・。お前、毎日同朋会に行っていて一体何を学んどるんや」と言われたそうです。いつも明るいこの女性は「男のタワケと女の利口が釣り合うっていうけど、その時はあの人がだいぶ利口に見えたわ」と、苦笑しながらの話ではありましたが、連れ合いにしっかりを頭を下げておられる姿にうつりました。
 長年公務員として実直に勤めてこられた連れ合いは、働くことの意味をキチンと生活の中で受けて止めておられる。働くことが文字通り「はたを楽にする」ことであり、働くことで自身を学び、そして事に仕えることによって全体の一翼を担う責任と気概を養うという。
さらには、働くことをただ単に損得勘定のみでとらえる目(まなこ)からは決して見えてこない。「今こうして働けるってことがありがたい」と頂く世界に目(まなこ)が開いているのでしょう。今ここに働ける身としてあらしめられているいのちの事実。その事実を見定める智慧の眼をたまわっておられる。まさに「知恩の人」のことばでありましょう。


(2005年1月 住職ゴリラ)

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