つぶやき★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜

 


 昨年は、安閑と過ごす日常に、鉄槌をくだされる衝撃を受けた、大きな災害が国の内外で起きました。三十万人にもおよぶ人々が、一瞬のうちに生命を断たれるという悲惨さを前に、大自然の計り知れない力にあらためて脅威を感じます。そして、いかなる縁によって死を受けるか分からないのだという「死の縁無量なり」のことばが、私の「生」のあり方を問いかけてきます。
 毎日大きく伝えられる被災地の報道の中から、人として生きることの大切さとは何かを考えさせられる報道も数多くありました。特に、新潟中越地震で全村離村となった山古志村の人々のさりげない言動の中に、深く教えられることがありました。村民の多くの人の口から、無残に破壊された家屋や土地を前にして、大地震を引き起こした大地への恨み言や罵りの言葉は聞くことがありませんでした。そして、行政や救援者への不満や非難の言葉も皆無でした。むしろ、おにぎりを"ありがとう"と頂き、避難テントや仮設住宅を用意されて"すみません""ありがたいことです"と感謝されるそのおだやかな顔が強く印象に残りました。そこには、悲惨な状況に途方にくれる現実を前にして「起こってしまったことは仕方がない、これもご縁」と、厳しい現実をしっかりと受け止めて既に立ち上がっておられる姿を垣間見ることができました。帰村を許された僅かな、貴重な時間にお内仏から法名を大事そうに持ち出される方がみえました。東本願寺の新潟中越地震災害対策本部長が現地を訪れた時、被災された方に「今一番欲しいものは何ですか」と問いかけたら「お念珠が欲しいです」と応えられた方がみえて、深く感銘を受けたと聞きました。「真宗の教えがこの土地には染み込んでいる。」と聞いてはいましたが、まさに念仏の大地にしっかり根をおろした生活(生命活動)の確かさを教えられます。


(2005年2月 住職ゴリラ)

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