閉 目 開 目 (へいもくかいもく)  *

「人間の目が片方だけでも内側を向いていたら、
人間はここまで傲慢にならなかっただろう。」byニーチェ


 もう数年前のこと。初夏の早朝草取りから帰った母が、朝食の折「さっきAさんが通りかかって『奥さん、おかげさんでうちの人退院できたわな』と言われたけど、Aさん三日前も同じこと言いないたで、Aさんもだいぶボケないたみたいやな」と言った。その日の昼食時、母は同じことを繰り返して言った。「おっかさん、それ今朝も聞いたで」と言うと母はハッとして「そうやったな」と言いしばらく間を置いて「ボケとったのは私のほうやったな」と呟いた。
 Aさんは三日前に同じことを言い、母は数時間後の繰り返しである。ところで、良寛さんが「同じことを三遍言ったらもうろくしたという。しかし、三遍言った人よりもっともうろくしているひとがいる。それは、あいつは三遍言ったと勘定している奴や」と言いきっている。そのことを母のことと重ね合わせて、他人のことがよく見える目玉を通して、その言動を勘定できる人間の知恵の愚かしさ、無明性を語っていた。同朋会の席で滔々と話している自分が、実は良寛さんのことば「勘定している奴」とは今の私そのものではないかと気づいた。母親の話をダシにして、人々の関心と興味を計算に入れて話している私をそのまんま言い当てたことばだと気づかされた時、あとのことばを失ってしまった。
 人のことがよく見える目玉は、自分が見えない目玉だったのです。


(2005年8月 住職ゴリラ)

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