死から学ぶ生の真実      高史明

第3章

 ところで、今度はお祖母さまに代って、お父さんの思いを通して、死者に賜る仏の縁を考えて見たいと思います。朋成君のお父さんは、お寺の住職でした。その住職の言葉を読んでみます。

  「一九八二年一月一九日、長男朋成は盲腸の手術を受け、その単純な麻酔ミスによって、突然この世を去ってしまいました。」

 お父さんは、まずこの厳しい事実を振り返られ、当時のことを改めて思い起こすわけです。実は、朋成君の盲腸という診断そのものが、すでに誤診ではなかったかと言うのです。

 「これは三男の大信が、長男が亡くなって、一、二年した頃、近くの医師に虫垂炎と時をおいて二度も診断されたことがあり、その時、また長男のようなことで死なせてなるものかと、遠くの病院にまで連れて行き、その際、医師から言われた言葉です。」と言い、そこでの会話と、誤診ではないかという疑いからの悔しさ、怒り、悲しさが書かれていました。

「『これは虫垂炎ではないね』(医師)
 『なんです』
 『ただの疲れでしょう。二、三日休ませたら元気になりますよ』   

 虫垂炎でなくてよかったとホッとしたものの、ちょっとみただけで本当に大丈夫かな、万一手遅れにでもなったりはしないかと半信半疑の私たちを察して、

  『どら、そんならもう少しくわしく診てみようかね』と診察しながら、
  『亡くなった兄ちゃんも、虫垂炎ではなかったと思いますよ、疲れだったんでしょう。この弟さんと体質がよく似ていて、誤診されたんですよ』  

 なんということか。もちろんこれは、想像の域を出ないのですが、それにしてもなんとよく当たっていることか。兄の朋成は持久走の疲れ、弟の大信は始めたばかりのスイミングの疲れだったのでしょうか。大信は二、三日もたたぬうちに腹痛もなおり半日ほどで元気をとりもどしましたが、一方、兄の朋成をこんなことで亡くしてしまったのかと思うと、なんとも残念無念でなりません。

 兄の場合は、たとえ誤診であれ、とにかく手術をした。ところが、そこへ麻酔の単純な初歩的ミスが重なったらしく、心臓はとめられ、突如全くの脳死、十三年間に学び得た多くの知識、体力、やさしさ、一切の意識はこの時一瞬にして消されてしまったのです。そばにいた私の目前での突発事故、私はボーッとなってそこにくずれこんでしまいました。  この間のことはいつになっても語れない、胸が痛みます。あのすこやかにのびた若竹のように成長した少年の体だけを残して、その十日後、一九八二年一月一九日、雪降る夜の十時、かすかな笑みをうかべて息を引き取ってしまったのです。成長期にある若くてあんなに元気一杯であったいのちが、一回のミスぐらいで直ちに死に至るものではありません。次から次と、全く不道徳で無茶な医療が続けられ、ついにこの世を去っていったのでした。どんなにか生きていたかっただろう朋成!と、この十日間のことを思うと可哀想でならず、とても書けるものではありません。」

 お父さんの何という悲しみの言葉でありましょう。悲しみは、苦しみとなり、苦しみはまた、怒りとなる。子はひょっとすると、盲腸炎ではなかったのかも知れないと思えば、その怒りは、さらに強まって当然です。見渡せば、この文明社会には、同じような信じられない医療ミスが相次いで起きているのでした。科学の進歩とともに真実の生が見失われているのです

 。「生」という漢字は、大地に抱かれた一粒の種が、芽を出し、双葉となり、お日さまに向かって伸びてゆくいのちの営みを現していると言います。この生の営みが、機械文明によって押し潰されているのではないでしょうか。愛児を失った父親の悲しみ、苦しみ、怒りは、まさに現代世界の有り様全体に向かっているとも言えます。お父さんの悲しみが、私には心にしみて感じられます。だが、このお父さんはさらに、こう言葉をつづけているのでした。

 「このことを思い出せば、いつになっても、やはり無量のいきどおりをおぼえます。腹はもう立てまいとしても腹は立ってくるものです。しかしそんな時、あの子はどうであろうかと思うのです。何を願っているのであろうかと。お骨は黙して語りません、無言をもって私に教えようとしているのでしょうか。」

 黙して語らないお骨が、何を願っているかと思うのです。この父親の思いこそは、永遠の別れに引裂かれた者のみが知る深い悲しみです。永遠の彼方に去った子を、何処までも何処までも追って行かざるを得ないのです。そのとき、人間の対象化して止まない知恵は、もはや何の役にも立たないことになりましょう。何処まで追って行っても、亡き子には届かないのです。この届かないという悲しみ、それこそはまた、新しい知恵というものではないでしょうか。亡き子と、その子を追う父親が出会える涙の世界です。それが仏から送られてくる。ここに死に学ぶ深い世界があるのでした。しかも、このお父さんは、寺の住職でした。その純粋な悲しみは、お父さんを仏の前に導くことになっています。お父さんは、向こうからくる言葉を聞くことになるのです。

  「汝自当知(汝自ら、当に知るべし)」
  「身自当之 無有代者(身、自らこれを当くるに、有も代わる者なし)」

 この言葉が聞こえてきたと言います。『大無量寿経』というお経の言葉です。その昔、国を捨て、王を捨て、出家して法蔵と名乗った人がいたのでした。その人の願ったことは、ただ一つです。諸々の人々の「生死・勤苦」を根っこから抜き取り、真に幸せな世界を建立したいということ。そして、その人は世饒王仏にその道を尋ねたのでした。

 「我当に修行して仏国を摂取し、清浄に無量の妙土を荘厳すべし」と。

 すると、世饒王仏は答えて言ったのでした。「汝自当知」―そうです、生死の真実は、対象化して知る知識ではなかったのでした。自ら、身をもって知ること、それこそが生死の真実です。ソクラテスが、古代ギリシャの人たちに告げようとしたのも、同じ真理ではなかったでしょうか。

 しかし、人間は、お釈迦さまの昔から、この真理を認めようとしなかったわけです。つまり、死に学ぶことをしないのです。仮に学ぶことがあっても、それはいつも自分中心、生者中心です。どうしたら死なないかということばかりを考える。それが真の生を見失わせているのです。いまに続く人間の歴史の地獄は、この自分中心の迷いの知恵が作り出す世界ではないか。  「身自当知、無有代者」は、同じ『大無量寿教』の下巻に明示されている言葉でした。「身、自らこれを当くるに、有(たれ)も代る者なし」仏さまは、人間は互いに敬愛し、憎み合ってはならないと説かれるのですが、人間はその反対なのです。

 「ある時には心に諍いて恚怒するところあり。」
 「然も毒を含み怒りを蓄え憤りを精神に結びて、――みな当に対生してかわるがわる相報復すべし。」

 と言われています。人間はまさに一人一人が、この地獄を生きているのでありましょう。代ってくれる人はいないのです。なんと言う人間の生でありましょう。

 「人、世間の愛欲の中にありて、独り生じ、独り死し独り去り独り来りて、行に当り苦楽の地に至り赴く。身、自らこれを当くるに、有(たれ)も代わる者なし。」と。

 朋成仏のお父さんは、この地獄にある自分を思い、また真実を求めざるを得ない心の悶えを、先の言葉において見ているのだと言えます。そして、それこそが、本当に悲しむ人に賜る仏の知恵です。仏道です。朋成仏が、一番願っていることは何か。悲しみが、それを問うのであります。そして、お父さんは、深い深い悲しみのどん底で、仏の声を聞いたのでした。

  「お父さん、僕の死を縁として、お父さん自身の生きることの意味を、今こそ真剣に問うて下さい。そうでなかったなら、私の死は生きて残っているあなたたちに生かされなかったことになってしまいます。お父さんやお母さんたちを悲しませただけのことになってしまいます。どうか僕の死を無駄にしないで下さい。――亡き子はこのように一番願っていてくれるにちがいない。自らの死をもかけて、生きて残る私たちに、この人生の根本問題、生きることの意味を問えと、そのことをおろそかに日々を送って来た私たちに一旦悲しみを与えて、その悲しみの中から立ちあがれと、この世でしばしの親子の縁を結んで、いそぎ成仏し、諸仏と成って、今日も私に厳しく問いかけてくるのです」とお父さんは書いていました。

 ここに死者に学ぶいのちの真実があります。このお父さんが悲しみを込めて、朋成君からいただいているその声こそが、消えることのない仏の声です。悲しみのどん底から、この真実の声が吹き上がっているのです。これが仏に賜る悲しみです。仏さまこそが、生きとし生けるものの真に平等の幸せを念じている本当のいのちです。

(『死から学ぶ生の真実』  第2章)