死から学ぶ生の真実      高史明

第8章

 恐ろしい病魔に襲われた平野さん。死を意識した平野恵子さん。しかし、そのいのちの瀬戸際に「ごめんね」を賜った平野さん。その平野恵子さんは、「ごめんね」と泣いた後、間もなく『お母さんの子どもに生まれてくれてありがとう』という言葉を書くことになっていました。子どもたちへの遺言です。

 「―限りない"いのち"の故郷から遣わされた小さな生命達、その三つの尊い生命が、人として、お母さんの身体に宿りました。そして、お父さんとお母さんの子どもとして生まれてくださったのです。『お母さん!』と呼ばれるたびに、泣きたくなるような、美しく、輝く生命達、あなた達がいてくださったからこそ、お母さんは今日まで、心豊かに、幸福に生きてこられたのです。―」

 と平野さんは言います。 そして、続けます。

  「実は、お母さんはとてもわがままな人間で、自分の思い通りにならないと腹が立つのです。そして、なんとかしようと頑張ってみるのですが、それでも、やっぱりどうにもならないと、今度はがっかりして、泣きたくなるのです。ずうっと昔からそうでした。特に、結婚して、あなた達が生まれてからは、毎日毎日が、失望と苛立ちの積み重ねでした。―」

 平野さんの長男は、村一番のいたずらっ子なのでした。村中にいたずらばかりをして歩く。お寺の坊守である平野恵子さんは、村中にお詫びを言って歩いたようです。平野さんは「ごめんね」に照らして、改めてそのときの自分を思い返すわけです。寺の坊守の立場から、わが子のいたずらを計りにかけるとき、ただただ腹が立ったと反省しています。

  「どうして、こんなにいたずらばかりする子なんだろう」
 「なぜ、これだけ言ってもわからないのだろう」
 「大きくなったら、一体どうなるのだろう」と。

 しかし、「ごめんね」を賜った後、気づいたのでした。「ごめんね」が気づかせてくれたのです。  「―その頃のお母さんは、きっと鬼のような顔をして、ガミガミと叱りつけてばかりいたんだろうと思います。『優しく、明るいお母さんであってほしい』という、あなた達のささやかな願いに気付くこともなく、ひたすら、小さな"いのち"を傷つけ続けていたのです。そんなお母さんに対し、悪童で名高かったお兄ちゃんは、そのいたずらを通して、『本当のお母さんになって、大きな暖かいお母さんになって』と訴え続けてくれました。――」  「そのいたずらを通して−」と言う。なんという言葉でしよう。

 「ごめんね」とは、まさしくいのちの転換点です。いのちを私物化している私から、子を見るのではなくて、その自分がいのちの方から見つめられている。「ごめんね」から、このいのちのひっくり返りが起きている。このひっくり返りは、そのままいのちの広がりであり、いのちの深まりです。母親の立場だけが、すべてではなかった。こっちから向こうを見るだけではなく、向こうから見られることがあっていいのです。そのとき初めて、親と子の関係は、私たちの自分中心の親子関係を貫き通して、いのちの交流となる。

  もう少し平野恵子さんの声に学んで見たいと思います。「ごめんね」を通して、彼女はまず、お兄ちゃんのいたずらを見る目を変えさせられていますが、それからさらに深くいのちの地平へと進みでることになります。平野さんのお嬢さんは寝たきりだったのでした。ご飯も自分で食べられなかった。言葉ももちろん、使えません。普通の意味でいうなら、自分でできることが何もないのです。お兄ちゃんのいたずらを見る目を変えさせられた平野さんは、その重症心身障害児の由紀乃ちゃんが、無言のメッセージを発信していたことに気づくのです。

 「ごめんね」の一言のなかった時、平野さんは、いたずらっ子の長男君、そして寝たきり由紀乃ちゃんを見つめていると、お寺の仕事はきつく、将来に何の希望もなくて、二人の子を抱えて、何度も心中をしようとしたと言います。まさに私が中心となって、いのちを私のいのちと私物化している私は、その私の知恵が、なんの役にも立たないとなると、絶望し、鬼にもなるのです。気がつけば、そのお母さんに対して、一言も口のきけない子が、無言の言葉でもって言い続けていたのでした。

 「お母さん、人は自分の力で生きているのではないのですよ。生かされ、支えられてこそ、生きてゆけるのですよ。」と。

 このいのちのメッセージに気づいた平野さんは言います。

 「自分が世界の中心であり、自分の力で生きているとばかり思っていたお母さん。何もかも思い通りにならないと気がすまなかったお母さんに、その心の愚かさ、醜さ、怖ろしさを、ハッキリと教えてくれたのがあなた達だったのです。―」と。

 そして平野さんは思うのです。

 「この子に、母親として、してあげられることは一体何だろう」「今のお母さんにできることは、何だろう……」と。

 そして、平野さんは思ったのでした。

 「お母さんの病気が、やがて訪れるだろう死が、あなた達の心に与える悲しみ、苦しみの深さを思う時、申し訳なくて、つらくて、ただ涙があふれます。でも、事実は、どうしようもないのです。こんな病気のお母さんが、あなた達にしてあげられること、それは、死の瞬間まで「お母さん」でいることです。―」

  「元気でいられる間は、ご飯を作り、洗濯をして、できるだけ普通の母親でいること、徐々に動けなくなったら、素直に、動けないからと頼むこと、そして、苦しい時は、ありのままに苦しむこと、―」

 と言うのです。  「ありのまま苦しむこと−」と言うのです。

 人間とは、ありのままが見えない存在なのでした。自分という色眼鏡をかけている。だから、ありのままに生きることができない。その人間はまた、ありのまま苦しめないとも言えましょう。しかし、平野さんは、ありのままに苦しむと言います。明らかに生死の分裂を超えている。彼女は、その境地から自分の死について言うことになります。 「―死は、多分、それがお母さんからあなた達への、最後の贈り物になるはずです」と。  平野さんの「ごめんね」は、平野さんの分裂していた生死を一つにして、ついに最愛の子どもに死が最大の贈り物になると言わせることになったのでした。ここにきて平野さんは、初めて子どもたちに言います。

 「―人生には、無駄なことは、何一つありません。お母さんの病気も、死も、あなた達にとって、何一つ無駄なこと、損なこととはならないはずです。大きな悲しみ、苦しみの中には、必ずそれと同じくらいの、いや、それ以上に大きな喜びと幸福が、隠されているものなのです。素行ちゃん、素浄ちゃん、どうぞ、そのことを忘れないでください。  たとえ、その時は、抱えきれないほどの悲しみであっても、いつか、それが人生の喜びに変わる時が、きっと訪れます。深い悲しみ、苦しみを通してのみ、見えてくる世界があることを忘れないでください。そして、悲しむ自分を、苦しむ自分を、そっくりそのまま支えていてくださる大地のあることに気付いて下さい。―」

  深い深いいのちの大地が、平野さんに開かれたのでした。「ごめんね」を知らない人間には、とうてい気づくことのないいのちの大地です。そして、平野さんは、その「いのち」の大地から、子どもたちに遺言するのでした。

  「―素行君、由紀乃ちゃん、素浄君、お母さんの子どもに生まれてくれて、ありがとう。本当に本当に、ありがとう。あなた達のお陰で、母親になることができました。親であることの喜び、親の御恩の深さも知ることができました。そして、何よりも、人として育てられる尊さを知りました。あなた達のお陰で、とても、にぎやかで楽しい人生でした。―」

  省みれば、人間にとって、涙や迷いは堪えがたいものなのでした。その辛さにのたうつとき、人間はまたとても罪深い存在にもなることがあります。だが、それ故に人間はまた、人知を超えたいのちの世界に出られるのでした。平野恵子さんは、死に迫られることから、このいのちの大地に進み出ることになったのです。ただただ脱帽です。先に私は平野さんの「ごめんね」とかかわって、親鸞の言う慚愧を考え、それが仏の知恵にほかならないと言いました。

 平野さんは極限的な苦において、まさに阿弥陀の慙愧を賜っているのです。それこそが、真実の智慧です。さて最後にこの「智慧」へと進み出て、今日の縁を締めくくりたいと思います。

(『死から学ぶ死の真実』 第8章)