死から学ぶ生の真実    高史明

第9章

 平野さんが「ごめんね」とともに、新しいいのちの世界に進み出たことは、すでに述べた通りです。ところで、その平野さんがその臨終の際で、とりわけ深い思いをかけていたのは寝たきりの娘さんでした。寝たきりの娘を残して往くことは、それこそドンナに辛く悲しいことだったことでありましょう。平野さんが、その娘に当てた遺言に『笑っていてね、由紀乃ちゃん』があります。その遺言に学びつつ、真実の智慧を見つめたいと思います。

 「由紀乃ちゃんのことを考える時、お母さんの心はいつも、静かで満ち足りた嬉しい思いで一杯になります。そして、あなたに恥ずかしくないように一生懸命生きなければ、という強い思いが身体の底から湧いてくるのです。お人形さんのように可愛らしい由紀乃ちゃんが、重度の心身障害児であることを告げられてから十五年、ずっしりと重い十五年間でした。眠れないままに、小さな身体を抱きしめて泣き明かした夜。お兄ちゃんと三人で、死ぬ機会をうかがい続けたつらい日々もありました。――」

  これが書き出しです。

 平野さんは、そういう辛い日々において、あるときご主人の大学の時の恩師に出会ったのでした。廣瀬杲先生です。そして、先生が講演会でお経の中にある「空過」という言葉を説明しながら、「問いを持たない人生ほど、空しいものはない」と言う言葉を聞いたときのことを振り返っていました。そうです、人であって、問いを持たない人生ほど空しいものはないと言っていいのです。だが、平野さんは、母親として寝たきりの娘さんのことを思ったのでした。由紀乃ちゃんは、言葉が使えなかった。寝たきりです。ご飯さえも自分では食べられなかった。

 瞬間、平野さんは身を捩るようにして、先生に反問したと言います。

 「この子の人生は、一体何なのですか。人間としての喜びや悲しみを何一つ知ることもなく、ただ空しく過ぎてゆく人生など、生きる価値もないではありませんか−」と。

  「娘は、何も考えることができません。何一つ、問いを持つこともないのです」

  すると、廣瀬先生はこう答えられたと言います。

  「お嬢さんは、問いを持っていますよ。大きな問いです。言葉ではなく、身体全体で、お母さんに問いかけているではありませんか。無言の問いというものは、言葉で表わされる問いよりも、時には深く大きなものなのですよ。お嬢さんの人生が、空過で終わるかどうか、それを決めるのは、お母さんのこれからの生き方なのではないですか−」

 先生のこの答えは、まことに根本的です。私たちは、問いというと、まずは反射的に言葉による問いを思います。それが言葉の知恵に生きる人間の習性です。人間は、いつも何かを問うている。「あれは何か、これは何か?―」その歴史が、近代科学にまでたどり着いたのでありましょう。実験化学の基礎にあるのも、単純化して言えば、「あれは何だろうか」という問いです。そして、AとかBとかの仮定を提出し、それを実験によって確かめる。その世界では、無言の問いというのは通用しません。

 しかも、現代では、この科学的合理主義が社会の隅々にまで浸透しています。誰も「無言の問い」を持たないようになっている。例えて言えば、その極端が、死にかかわる脳死か、心臓死かという論争です。脳の機能が停止したら死んだのか。心臓が止まったのが死んだのかと言うわけです。そして、どうやら今日は脳死の方が優勢で、そちらに賛同される人のほうが多いようです。

 しかし、能の働きが停止する、息が止まる。それは果して死なのでありましようか。あるには心臓が止まる。それが死でありましょうか。それだけでは、対象化された肉体の機能の状態判断であって、まだ死とは言えないのではないか。死が死となるには、もう一つどうしても欠くことのできない大事な条件があるのでした。もし、肉体の機能の対象的な判断から、死を死にするなら、生もまた、機械的な外的な物差しで計られた生になることが避けられません。それが本来の生であるのか。にもかかわらず、現代人はいまや、そのようにも冷たい機械的な生を生にしているのでした。

 教育ということで言えば、対象的に働く力を付けることが、重視されるわけです。 昔の人は、その点、もっともっと深い生を味わい、死を大切にしていたと思われます。例えば、親兄弟、妻子が死ぬと、身体が本当に冷えてしまったことを、自分自身の体で納得できるまで寄り添ったと言います。とことん悲しむのです。それこそが生をほんとうにいとおしむ心でありましょう。いとおしむとは、愛惜です。そのこころのない生画,果して生でありましょうか。死者の身体が本当に冷えてしまったということを、生者が自分の肌で感じるまでは、死を死と見ない。これが生の原点です。

  現代人は、科学的合理的に生きようとして、この真実の生の深さを自ら捨ててしまったのでした。言うなれば、仮が本質である人間中心の知恵の闇に墜落して、生も死も仮にしてしまったのです。それが死を、無と言い、あるいはゴミとみる眼差しなのでありましょう。病院で「ハイ、死にました」と言われと死んだと思い、「ハイ、お骨になりました」ということを受けると、形ばかりの供養をして自己満足してしまうわけです。それではとても、死の真実が納得できるとは思えません。それはまた、生が生にならないと言うことにほかならない。外側からのみ押し測られたいのちは、ありのままのいのちではありません。自然もまたそうです。

  ところが、現代人は対象化した自然を、ありのままの自然だとしているのでした。自分中心に金勘定の対象にしている。その自然は、決して本物の自然ではありません。人間の知恵に汚された自然です。近代文明は、まさしく自然を深く汚したのでした。近代文明の五百年間をよくよく見れば、人間がこの地球の自然に何をしてきたか明らかです。どれだけの生命が、根絶やしにされているか。無言の問いとは、この対象的働く人間の言葉の知恵に対する本質的問いでもありましょう。根源の自然が、人間にいのちそのものを問い掛けているわけです。

  平野さんは、先生の言葉に促されて、初めて娘さんの無言のメッセージに気づいたのでした。そして、真実の対話の世界を共有することになるのです。この無言の問いに気がつかないと、人と人の間に本当の意味の助け合いというものは起きません。言葉の知恵は、いつも対象を計りに掛けるからです。また、自然と人間が本当に共存していく道も、永遠に開けません。なぜなら自然は、人間のように言葉を使って「もうあなたたち、そのように自然を壊すのはやめなさい」とは言わないからです。自然は黙っています。しかし、それに気がつかなければ、人間はきっと自らの歩みを通して、もろに死の淵に落ち込んでゆくことになるに違いありません。そもそも人間もまた、自然からきたのでした。無言の問いは、確かに人間に真の生を教える智慧です。

 平野さんの物言わぬ娘さんへの遺言は、私たちにとっても根本的な生を開く智慧だと考えられます。その平野さんの言葉を、いま少し見つめることに致します。

   「―大きな問い、無言の問い、由紀乃の問い……。それに気付かされた日からお母さんは変わりました。自分自身の生き方に対して、深く問いを持つこともなく、物心ついた頃より確かに自分の手で選び取ってきた人生の責任を、一切他に転嫁して恨み、愚痴と怒りの思いばかりで空しく日々を過ごしてきたのが、実はお母さんの方だったと、思い知らされたからです。  気付いてみれば、由紀乃ちゃんの人生は、なんと満ち足りた安らぎに溢れていることでしょう。食べることも、歩くことも、何一つ自分ではできない身体をそのままに、絶対他力の掌中に抱き込まれ、一点の疑いもなく、まかせきっている姿は、美しくまぶしいばかりでした。抱き上げればニッコリ笑うあなたは、自分をこのような身体に生み落とした母親に対する恨みも見せず、高熱と発作を繰り返す日々の中で、ただ一身に病気を背負い、今をけなげに生き続けているのでした。
 由紀乃ちゃん、お母さんがあなたに対して残せる、たった一つの言葉があるとすれば、それは「ありがとう」の一言でしかありません。何故なら、お母さんの四十年の人生が真に豊かで幸福な人生だったと言い切れるのは、まったく由紀乃ちゃんのお陰だったからです。生まれてから今日まで、あなたはいつも全身でお母さんに語り続けてくれました。生きることの喜びを、悲しみを、そして苦しみを、限りない愛を込めて教え続けてくれたのです。――」

 思えば、西藤朋成君のお母さんの言葉にも、この平野さんの思いと深い響きがあったのでした。

 「涙があふれると心にいっぱい力がわいてきて、自然と力がわいてきます」と西藤由紀子さんは言っていた。いのちといのちの共感です。人間とは、悲しみの涙を賜るとき、初めて真実のいのち、真実の自然との共生できる存在だったわけです。

 思えば、親鸞聖人には、「自然法爾」(じねんほうに)章という呼ばれている文章があったのでした。最晩年に顕されたものです。ここではもはや詳しい説明はしませんが、平野さんや西藤さんたちが、声のない子や、亡くなった子と交わしている対話を見つめていると、その「自然法爾」の言葉が思いだれてきます。なぜでしょう。

  「獲の字は、因位のときうるを獲という。得の字は、果位にときにいたりてうるを得というなり。名の字は、因位のときのなを名という。号の字は、果位のときのなを名という。自然というは、自はおのずからという。行者のはからいにあらず、しからしむということばなり。然といいうは、しからしむということば、行者のはからいにあらず、如来のちかてにてあるがゆえに。法爾というは、如来の御ちかいなるがゆえに、しからしむるを法爾という。この方爾は、御ちかいなりけるゆえに、すべて行者のはかないなきをもちて、このゆえに、他力には義なきを義とすとしるべし。(後略)」

  難しい言葉です。ここではもはや詳しく説明できませんが、よくよく見つめて欲しいと思います。亡き子を思い、その子に導かれてこの言葉を見つめつづけるなら、きっと平野さんたちの境地が、自ずから頷けてくるに違いないのです。思い返せば、「自然」とは、近代日本の始りまでは、「しかり」とか、また、「しかる」と読まれていたのでした。その意味では、決して対象的自然ではなかった。ことやものの働きを意味していたわけです。言うなれば、自ずから、そうなるということです。

 しかし、親鸞はその自ずからなる働きを、「しからしむ」と受け取っていたのでした。この受け取り方は、自然と人間のこととして言うなら、決して中間者的でもなく、また傍観者的でもありません。生の慄きがあります。慄きであり、また深い悲しみであり、喜びでもある不思議な一体感があるのです。

  平野さんの言葉で言えば、「絶対他力に抱き取られて−」です。それこそが「慚愧」を通してはじめて開示されてくる喜びです。 平野恵子さんは死に直面して、物言わぬ娘さんに導かれることになったとき、それまでの生が新しい転換を遂げてゆくことを知ったのではないでしょうか。 「―あなたに対して残せる、たった一つの言葉があるとすれば、それは『ありがとう』の一言でしかありません−」 と彼女は言っていました。明らかに自然法爾の世界へと進み出ているのです。そして、声のない娘さんといっそう深いいのちの対話を交わすことになっています。

  「―そのままでいいのよ、お母さん。無理をしてはいけないの。ホラ、空も、山も、お日様も、みんながお母さんを励ましていてくれるでしょう。温かい大地が、お母さんを支えていてくれるでしょう」

 と平野さんは、この娘さんの無言のメッセージを聞きます。そして、彼女もまた、いっそう深く娘さんに語りかけるのでした。

  「―由紀乃ちゃん、お母さんの病気は大変悪くなってきました。もう、あなたに会いに行くこともできそうにありません。自動車の小さな振動が、腫瘍で狭くなった肺を圧迫して呼吸を苦しめるようになってしまったからです。遠い他県の国立病院にたった一人で入院中のあなたのことを思うたび、枕元で微笑むあなたの写真が涙でかすんでしまいます。でも、心残りはありません。何故なら、今日まであなたがお母さんの仏様であったように、明日からは、お母さんがあなたの仏様になるからです。  由紀乃ちゃん、お浄土で待っております。あなたが、その貴い人生を終えて重い宿業の身体を脱ぎ捨てる時、お母さんとあなたは、共に風となり野山を駆け巡ることができるでしょう。梢を揺らして小鳥達と共に歌をうたうこともできるでしょう。  お願いがあります、由紀乃ちゃん。お母さんが死を迎える時にも、あなたはいつものように優しく笑っていてください。そして、『お母さん、よく頑張ったね』とほめてほしいのです。由紀乃ちゃん、いつまでも輝いていてください。そして、そのきれいな笑顔で、お父さんやお兄ちゃん、素浄ちゃんやおじいちゃん、おばあちゃんに、生きる勇気を与え続けてあげてください。」

  なんと尊い対話でありましょう。母親と子の本当に深い繋がりがここに生きています。いのちといのちが語り合っている。とはいえ、平野さんは、悟りすましているのでありません。寝たきりで、ただ澄んだ円らな瞳でお母さんを見つめてくれるだけの娘さんと一緒になって、いのちの大地を歩んでいるのです。恐らくその生身には、人間の悲しみや苦しみが一杯だったことでありましょう。しかし、一緒に歩める。その悲しみ苦しみが、また汚れや濁りが、そのまま仏さまの智慧に包まれるのです。

 その平野さん母子の声のない対話の世界には、ありとあらゆる生き物たちが、弱い者を先頭に、強い者も病んだ者とともになって加わっていることでしよう。平のさんの遺言し、実におおらかです。のびのびとして優しく自由です。この自由こそが、生かされて生きるものにおいて、はじめて恵まれる本物の喜びではないでしょうか。 思えば、平野さんは死に直面して泣き、物言いわぬ娘さんに導かれることになってから、このかつては想像すらしなかったいのちの対話を恵まれたのでした。この喜びの世界には、かつて由紀乃ちゃんを抱いて心中しようと考えた自分中心の平野さんは、もはやかすかな影を残すだけでありましよう。平野恵子さんは、寝たきりの子とともにいわゆる自力の心を翻して、他力へと導かれているわけです。

 ところで、この他力を絶対他力といい、また阿弥陀に賜る仏の智慧であり、私たちにとっては、仏に賜る信心である説いたのは、親鸞なのでした。親鸞の有名な『歎異抄』の冒頭は、次のように開かれているのでした。

  「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。――」

  平野さんは、まさしく親鸞の説いているこの仏の智慧、仏の念仏に導かれて、寝たきりの子と一緒に往生の道に進みでたのだと思います。「前念命終・後念即生」と云う言葉が、親鸞聖人にありました。この新しい生が、平野さん母と子を包み取っているのです。平野さんの母と子に心から低頭、合掌したいと思います。平野さん親子のこの声のない声に結ばれた歩みはまた、仏と仏のともに相い念じ合う世界でありましよう。新しい時代がここから始るに違いありません。さて、私がここで申し上げることは、これで終わりです。聞き苦しいお話を致しました。お詫び致します。        

(『死から学ぶ死の真実』 第9章)