深く真実のいのちを見つめる その2     高史明

第1章

 二十世紀最後の八月になりました。これからの百年を前にして、これまでの百年が思い返されます。二十世紀は、戦争の連続でした。何時も何処かに戦火の噴煙が立ち上っていた。しかも、この百年には世界戦争が、二度も繰り返されたのでした。恐ろしい惨禍が、世界中を駆け巡ったのです。歴史上かつてない大破壊でした。にもかかわらず、人類はいまだにその教訓を直視しようとしていないのではないか。私たちの前方には、いまなおまことに重い暗雲が広がっています。

 二十一世紀は、どのような百年になるか。本当の平和が迎えられるのかどうか、確かな先は、不透明なままです。 しかも、この不安は私たちの頭上にあるばかりではなく、足下にもひたひたと迫っていると思えます。政治や経済の世界を覆う混沌は、いまや底なしの感じです。家庭からは暖かさと信頼関係が消え去ろうとしており、教育の現場にも深い空洞化が進行している。便利さと豊かさの追求が、私たちの生活の場を逆に砂上楼閣に変えているのではないでしょうか。なにもかもが、内部崩壊の危機に向かっているかのようです。この暗雲、この不安は何であるのか。

  思えば、第二次世界大戦の末期、この国のほとんどの都市は、焼け野原となっていたのでした。私はそのとき関門海峡に面した小さな町にいたのですが、目の前の海峡が、まるで船の墓場のようであったことが忘れられません。戦争が末期にすすむに連れて、機雷に触れた船が毎日のように沈没していたのです。その船の帆柱が、海面ににょきにょきと突き出ていた。青膨れた胴体だけの死者、足だけとなった死者の遺体を何度見たことででしよう。 この大戦では、実に夥しい人が犠牲となったのでした。日本の死傷者は5百万人を越えると言われています。

 一方、世界中で見ますと、あの第二次世界大戦では、ざっと六千五百万人を越える人が犠牲になったのでした。この無数の仏さまは、今日の世界のあり様をどのように見ておられましょう。それから半世紀を越える年月が経過していますが、私にはいまも海峡の波間には、目に見えない帆柱が林立しているのではないかと気がしてなりません。その波間にはまた、膨れ上がった死体が漂っているのではないか。

  深く思えば、あの戦争は生者が、生者中心の知恵をもつて引き起こしたものでした。にもかかわらず、その後の生者は、いまも生者中心です。たとえ死者を悼むことがあっても、それはいつも生者中心なのです。ただ生者の幸せばかりを願っている。それどころか、戦争の犠牲者を新しい踏み台にして、ひたすら自らの欲望を追及しているかのように見えます。

 今日の生者は、あの夥しい犠牲にもかかわらず、なおもあの戦争を真に反省しょうとしていないのではないか。ほんとうの意味で、死者の叫び、その願いを聞こうとしていない。その生者中心の生き方と、今日の砂上楼閣のような豊かさは、深く関連していると思います。生者中心の眼差しとは、いったい何であるのか。

  あの恐ろしい世界大戦の後にも、この地球上では繰り返し悲惨な戦争が起きました。「冷戦」という言葉があります。冷たい戦争―。戦後の世界は、言わばこの冷戦という奇妙な戦争にかなりの間支配されたのでした。これこそ生者中心の業です。世界最大の強国が、最小の弱者に襲い掛かる戦争が繰り返されたわけです。この間、世界最小の国々が、最大の強国に浴びせられた爆弾の量は、第二次世界大戦のときに使用された爆弾を、はるかに上回る量だったと言います。そして、何百万という人々がいのちを奪われたのでした。

  第二次世界大戦の夥しい犠牲者の上に、この新しい何百万という犠牲が積み重ねられた。この犠牲者もまた、第二次世界大戦の犠牲者とともに、じっと今日の生者のあり様を見つめているに違いありません。生者とは何かです。今日の先進国の繁栄は、いわばこの数知れない犠牲者の骨の上に築かれたものなのでした。これが繁栄でありましょうか。まさに人間の無明の闇です。

 今日の繁栄は、まことに退屈です。生気がない。ざらざらしています。いのちの潤いがない。いや、すでに奈落そのものになっているのではないか。 私たちは、いまのままでいいのでしょうか。いまのままでは、また恐ろしい戦争がおきないとは言えません。戦争でいのちを奪われた無数の仏さまの願いを聞こうとしない世界に、どうして真の平和が訪れましょう。

 二十一世紀の平和は、私たちがまさに、無量の仏さまの願いに耳を傾ける事ができることができるかどうか、この一点にかかっていると言っても過言ではないと思います。二十世紀が終着点を迎えているいまは、その正念場ではないでしょうか。

(『深く真実のいのちを見つめる』 その2)