深く真実のいのちを見つめる その2      高史明

第11章

  浄土真宗の開祖・親鸞はその『教行信証』の「教の巻」において明示していたのでした。

 「つつしんで浄土真宗を按ずるに、二種の回向あり。ひとつには往相、ふたつには還相なり」と。

 そして、また「行巻」においては、次のように言われていました。

  「つつしんで往相の回向を按ずるに大行あり、大信あり。大行というは、すなわち無礙光如来のみなを称するなり。―この行は大悲の願よりいでたり」と。

 また、親鸞が大切していた世親は『浄土論』に述べていました。

「正道の大慈悲は、出世の善根より生ず」と。

 仏教とは阿弥陀さまの出世の善根に基づく真実の知恵であり、真実のいのちなのでした。そうであればそれが生者中心の知恵に奉仕することは、あってはならなかったわけです。

 あるいはまた、『歎異抄』の第五条には、

 「一切の有情は、みなもって世々生々の父母兄弟」

という言葉があります。一切の生きとし生けるもの。この天と地に存在するあらゆるものは、いのちの縁において言うなら、みな親兄弟に等しいと言うことです。言葉を代えて言いますと、人間の自分とは、世界を自分中心に見ている分けですが、その自分そのものはまた、世界のいちのの縁において誕生しているのであって、そのいのちは自分のものではないと言うことです。この考え方、この眼差しが、二十一世紀を前にしたいま、深く深く見直されていいのです。

 戦争の世紀は、また自然破壊世紀でした。

 「一切の有情は、みなもって世々生々の父母兄弟なり」

とは、まことに生の根本です。 とはいえ、親鸞はまたこの言葉を

「親鸞は父母孝養のためとて、一返にても念仏もうしたること、いまだそうらわず」

という言葉でもって始めていたのでした。そして「そのゆえは、一切の有情は、みなもって世々生々の父母兄弟なり−」と続けていたわけです。親鸞がここで見つめているのは何か。念仏に背を向けている者、生者中心の者の背中で先祖供養のために、あるいは自分の知恵我唯一のものであって、念仏に背を向けている者には、ついにいのちの真の縁は開けることはないと言うことです。

 例えば、このいのちの縁にかかわって、現代人には、「生態系」という言葉があります。『広辞苑』は、この言葉を次のように開いていました。

  「ある地域の生物の群集と、それらに関係する無機的環境を一まとめにし、物質的循環・エネルギーながれなどに注目して、機能系としてとらえたもの」と。

 私たちの環境は、まさにこの天地の連鎖にあるのでありましょう。現代人の概念は、ほんとうに精密です。しかし、その対象化する知恵は、いのちの連鎖をそのようにも精密に対象することができているにもかかわらず、まさにその知恵でもっていまも引き続き、地球の環境を破壊しつづけているのでありましょう。対象を正確に捉えるだけでは、どうにもならないのです。もっと大切ものがある。それがないと、私たちは、その知恵でもっていよいよ生きものの根本的連なりの輪を破壊することになってゆきましょう。

 話は飛びますが、『葉っぱのフレディ』という絵本がありました。大変な人気です。『葉っぱのフレディ』は、一本の木の葉です。その葉っぱは、歳をとって不安になります。死が迫るのでありましょう。どうしようかと思う。ところで、その行き着いたところは、いや地面に落ちても、木の肥やしになってまた伸びてくるのだという思いです。ここに大地の縁があります。とても美しい絵本でした。私はこの絵本をとてもいい絵本だと思います。素晴らしい思想の展開でもある。

 しかし、私たちはいま、このようないのちの展開を大切にする一方で、いま一つ根本的な眼差しが求められているのではないでしょうか。確かに生きものは、みな兄弟です。つながっている。しかし、人間はこの自然の道理を、対象化して知る存在なのです。しかも、その知る知恵で自然を征服して所有しようとする。これが人間の近代的な理性であって、それを科学的精密さにまで鋭くしたのが現代なのでありましょう。人間は、その自らの知恵、まさに仏に見つめられて無明の闇と化している自らの知恵の闇を知らしめられていいのです。念仏との出遇いなくしては、人間とはいのちの連関を、自ら断ち切るのです。それが現代の不安の根っこなのでありましょう。

  「いずれもいずれも、この順次生に仏になりて、たすけそうろうべきなり」

と、親鸞は述べていました。まことに重いお言葉です。人間の、ことやものを対象化する知恵は、いくら精密化されても、それだけでは自然は破壊されるばかりなのです。この地球的規模の問題を個人で言うなら、現代人は対象化する「チエ」で、自分の死が真に解決できるかです。

 浄土真宗のお寺のお坊さんに尋ねたことがありました。

「現代の生活の中で、出棺を見送られる時にどういう思いで出棺を見送られますか?」
「ご苦労さまでした。長いことご苦労さまでした。南無阿弥陀仏、と見送ります」 と。

しかし、これこそ生者中心の眼差しでありましょう。これは現世利益です。見送る人間の自分中心です。そのお別れの時とは、向こうから見られる時でありましょう。それ故に人間には「愛別離苦」の涙がある。向こうから私中心の現世のすべてが、鋭く見つめられているのです。それが今日は、すべて生者中止です。

 「ご苦労さまでした、ご冥福をお祈りします」です。「ありがとう。南無阿弥陀仏」と自分中心の念仏を称えている。仏さまに見つめられて、現世に生きる私中心の闇を確かに教えられる縁を、見失っているわけです。向こうからくる慚愧の涙なくして、どうして仏さまの尊さへの感謝が起きましょう。仏さまの智慧が戴けましょう。出棺のときとは声なき仏さまが、そのすべてをあげて「南無阿弥陀仏」の真実をお告げになっているときです。生者はその真実を賜って、はじめて自らの無明を覆していける。戦争の犠牲者の追悼とは、その意味からも今日の私たちの人間中心で見失っていた自分に、真の「いのち」を賜るときなのだと思います。

 さて、いままでに第二次大戦のとき、多くの若者たちが、どんな思いで死地に向かったかを『きけわだつみのこえ』に聞いてきました。今日のご縁の最後にあの戦争のとき、戦犯に問われ、死刑になった若者の声に耳を傾けて見たいと思います。 日本はあの戦争に敗北した後、世界に向かって戦争放棄を誓ったのでした。にもかかわらず、昨今ではその誓いを自ら放棄しょうとする人が出ています。自らは、アメリカに膨大な軍事基地を提供していながら、あの戦争放棄の憲法は、アメリカの圧し付けだったと言うわけです。それこそがまた、生者中心ではないでしょうか。日本の戦争放棄の誓いは、まさに仏さまに見つめられていると言っていいのです。しかも、それこそはまた、人間中心の無明の闇を根本から転じていく誓いだったとも言えましょう。さて、私たちにその無言の願いを、いまも提示をしつづけている仏さまの声をここに上げて見ます。あの世界大戦の後、ついに死刑になった若者の声です。

 木村久夫さんは京大の学生であって、昭和二十年五月二十三日、シンガポール、チャンギー刑務所において、戦犯刑死したのでした。その木村久夫さんが、死の前に『哲学通論』(田辺元著)の余白に書き残した言葉の部分ですが、読んでみます。

  「――私は死刑の宣告をせられた。誰がこれを予測したであろう。年齢三〇に至らず、かつ、学半ばにしてこの世を去る運命を誰が予知し得たであろう。波瀾の極めて多かった私ノ一生はまたもや類まれな一波乱の中に字墨消えてゆく。
 ――大きな歴史の転換の下には、私のような陰の犠牲がいかに多くあったかを過去の歴史に照らして知る時、全く無意味のように見える私の死も、大きな世界歴史の命ずるところと感知するのである。 日本は負けたのである。全世界の憤怒と非難との真っ只中に負けたのである。日本がこれまであえてしてきた数限りない無理非道を考える時、彼らの怒るのは全く当然なのである。今私は世界人類の気晴らしの一つとして死んでゆくのである。これで世界人類がの気持ちが少しでも静まればよい。それは将来の日本に幸福の種を遺すことなのである。 私は何ら死に値することをした事はない。悪を為したのは他の人々である。然し今の場合弁解は成立しない。
 ――日本の軍隊のために犠牲になったと思えば死に切れないが、日本国民全体の罪と誹難とを一身に浴びて死ぬと思えば腹も立たない。笑って死んで行ける。
 ―父母よ嘆くな、私が今にまで生き得たという事が幸福だったと考えてください。私もそう信じて死んで行きたい。凡ての望みを失った人間の気持ちは実に不思議なものである。いかなる現世の言葉を持ってしても表し得ない。すでに現世より一歩超越したものである死の恐ろしさも感じなくなった。

  おののきも悲しみもなし絞首台
  母の笑顔をいだきてゆかん  
  処刑半時間前 
  擱筆す」

 この仏さまが、いま私たち生者を待つ直ぐに見つめているのです。その仏さまのお心ヲ頂くなら、もう一度武器を持とうと考える前に、世界中に向かって、あなたちもその武器を捨てて見たらどうかと言っていいはずです。これこそが仏さまとともに生きる道です。私は、そういう意味で、二十世紀が終わって二十一世紀に入ろうとしている今、もっとも根源的な意味で念仏の教えは何であったのか、これを本当の意味で謙虚に謙虚にいただき直していいと思います。その時はじめて日本もアジアも開かれる。それがまた、世界に新しい時代がくると言うことでありましよう。南無阿弥陀仏の教えをいただいて生きたい、心からそう念じることです。  

 南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

(『深く真実のいのちを見つめる』 その2)