『時代によみがえる歎異抄』  高 史明

歎異抄 前序

  竊回愚案、粗勘古今、歎異先師口伝之真信、思有後学相続之疑惑、
幸不依有縁知識者、争得入易行一門哉。全以自見之覚悟、莫乱他力之宗旨。
仍、故親鸞聖人御物語之趣所留耳底、聊注之。 偏為散同心行者之不審也 云々

  『歎異抄』はそのはじめの序文だけが、漢文で書かれているのでした。私はこの書を最初に手にしたとき、この前序を硬い石の壁のように感じたものでした。そこでまずは、ここにその漢文を読み下して置きたいと思います。

  ひそかに愚案を回らせてほぼ古今を勘ふるに、先師(親鸞)の口伝の真信に異なることを嘆き、後学相続の疑惑あることを思ふに、幸いに有縁の知識によらずは、いかでか易行の一門に入ることを得んや。まったく自見の覚悟をもつて他力の宗旨を乱ることなかれ。よつて故親鸞聖人の御物語の趣、耳の底に留むるところいささかこれをしるす。ひとへに同心行者の不審を散ぜんがためなりと云々。

 古今 親鸞聖人ご在世のときと亡き後の今日。
 真信 阿弥陀仏の本願(第十八願)を信じること。真実信心の略。真心ともいう。
 自見之覚悟 自分本位の見解。
 他力之宗旨 阿弥陀仏の本願のはたらきによって救いを説く浄土真宗の教え。

 同心行者 阿弥陀仏の本願を信じて成仏をめざす人々。

  『歎異抄』は親鸞聖人のいわば語録ですが、その教えを今日にある形に編纂したのは、唯円房だったのではないかと見られています。唯円は、三〇代の壮年になる頃から、親鸞のお側近くにあって、教えを直接に聞いた人でした。『歎異抄』はその唯円によって書き留められた親鸞語録です。唯円はその最晩年になったとき、深く聞いてきた師の言葉を、いわば遺言のように書きとめることになり、その所以をここに述べているわけです。

 ところで、その冒頭に置かれた前序の言葉は、いかにも簡潔です。字数にして、わすが八〇字ばかりなのです。だが、私はこの簡潔な言葉に、実に深い人類の叡智が開示されていることに注目したいと思います。言葉を代えて言うなら、『歎異抄』が歴史を超える光となりえている秘密が、この簡潔な言葉において、すでに深く開示されていると言っていいのです。

  まずは、「自見の覚悟」という言葉に注目してみましょう。本願寺出版部の聖典によると、この「覚悟」は、原典においては、もと「覚語」という漢字が当てられていたと言われていました。「覚語」とは、今日ではあまり使われない言葉です。しかし、その漢字からでも、およその意味は開くことはできます。つまり、その意味するところは、いわば言葉の知恵による覚りと言うことでありましょう。そうであれば「自見の覚語」とは、自分中心の言葉の知恵による悟りということであり、「自見の覚悟」において言うなら、自分中心の「自覚」ということになります。

 親鸞聖人の示寂は、一二六二年のことでした。『歎異抄』の編者・唯円の還浄は、ほぼその四半世紀後のことと推定されています。唯円は、師亡き後の晩年、親鸞の教えが、日々に歪められていく現実に当面したのでした。その異見がどのようなものであったかは、十一章から十八章までにおいて、鋭く指摘されています。この師の教えに反する異見こそが、言うところの「自見の覚悟」です。

  ところで、ここに「自見の覚悟」と見定められた人間の自分中心の知恵こそがまた、人類に普遍的な生・老・病・死という四苦の根っこなるのではないでしょうか。人間とはまずは言葉の知恵をもって生きる生き物でした。この一点は時と所を超え、その言葉の違いをも超えて、人間である限り万人に共通していると言えます。いつの時代のどの場所に生きる人間も、みんな言葉の知恵の世界に生まれ、言葉によって人間になり、その知恵をもってよりよく生きようとしているわけです。そして、人間は長い歴史を経て、ついにその人間中心の知恵によって、地球の王者になる時代を迎えたのでした。現代世界は、いわば人間中心の時代だと言えましょう。言葉を代えて言うなら、いわば人間は「自見の覚悟」の全盛時代を迎えているわけです。世界中が、自分中心の知恵に追い立てられています。

  しかも、人間が自らの知恵に目覚めた近代以降、人間がこの知恵によって開いた繁栄は、まことに目覚しいものだと言えます。その繁栄ぶりは、歴史上かつてなかったほどのものです。遥かな空の月を見上げていた人間が、地動説の数学的証明を実現して以来、いまやその月への往復すら実現しているのです。そこで現代人はみんな人知を、いっそう磨き上げようとして懸命になっています。とはいえ、人知には、深い闇が潜んでいたのでした。現代の繁栄を、いま一度見つめてみましょう。その繁栄は、そのまま地球の荒廃や恐ろしい世界戦争と抱き合わせだったと言えないでしょうか。

 とりわけ、二十世紀はその地獄が、不気味な顔を現すことになった世紀でした。第二次世界大戦では、およそ六五〇〇万人が犠牲になったと推定されています。しかも、この戦争の末期には、広島と長崎に原子爆弾が炸裂したのでした。このようにも夥しい犠牲は、かつてのどの時代にも見ることはできません。確かに人知は、他の生き物にはないすばらしい知恵ですが、その人間中心の知恵には、深い闇が潜んでいたのです。度重なる戦争は、まさに人知に潜む深い闇の現れです。理性的な人間が、その理性の限りをつくして殺しあうとは、何という闇でありましょう。

  しかも、その闇は、戦争にあらわれ出るだけではありません。人間である者は、何人も死を逃れることはできません。人間における死こそまた、人間の超えがたい課題であり、人知がいかに深い無明を潜めているかの現れではないでしよう。人間のような言葉の知恵のない他の生き物には、さしあたり死はないと言っていいのです。死とは、まさしく人知の個人的なレベルにおける闇の形です。人間はその知恵によって、自らを地球の王者に押し上げる一方で、自らは深く地獄に墜落しているのです。唯円が『歎異抄』において見つめる「自見の覚悟」とは、まさしくその人間中心の知恵の闇にほかならないと言えましょう。『歎異抄』に開かれている人間の闇と光は、まさしく今日にも通底する課題にほかなりません。私たちはいま、その『歎異抄』を現代の黒闇のただ中で開くことになっているわけです。きっとなみなみならぬ仏縁によるものだと考えられます。

 ではその『歎異抄』を開くことに致します。唯円が、親鸞の亡き後に目にした師の教えにあらざる「自見の覚悟」とは、いかなる形を取っているのでありましよう。また、その「自見の覚悟」の闇を照らしだす「口伝の真信」とは、いかなる知恵の光なのでありましょう。その人知と仏智の葛藤こそは、まさにそのまま今日の時代の葛藤といのちの呻きを照らし出す光だと考えていいと思います。 人知の闇のないところに仏智の光はなく、また仏智の光のないところには、人知の闇もないのでした。第一章を開き、人知と仏知の矛盾と統一の形を具体的に学ぶことに致します。