『時代によみがえる歎異抄』  高 史明

歎異抄 第三章

一 善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。しかるを、世のひとつねにいわく、悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや。この条、一旦そのいわれあるににたれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆえは、自力作善のひとは、ひとえに他力をたのむこころかけたるあいだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがえして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いずれの行にても、生死をはなるることあるべからざるをあわれみたまいて、願をおこしたまう本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり。よって善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、おおせそうらいき。

悪人 自らの罪悪性と煩悩に悩み、阿弥陀の本願を恃むことになった人。
真実報土 第十八願の行者が往生する世界。阿弥陀仏の浄土は法蔵菩薩の願いによって荘厳された世界ゆえに真実報土という。実報土ともいう。対して、自力で往生しようとする人たちの仏土は方便化土という。

善と悪のきまり

 さて、私たちは、『歎異抄』の第二章において、人間の足下の深い闇を見つめつつ、「往生極楽」の真実を見てきたのでした。人間は分かる知恵、言葉の知恵を生きるが故に、その知恵でもって自ら真実のいのちに背を向け、「罪悪深重・煩悩熾盛」の身となっていたわけです。「往生極楽のみち」とは、この人間が仏さまより差し向けられたお念仏によって、その身のありのままを包みとられ、燃え上がる慙愧の炎によって「罪悪深重・煩悩熾盛」の地獄を焼かれつつ、元のいのちの真実に突き返され、突き戻されて真実のいのちを生きる道に立たされることを意味していたのでした。

 第三章では、同じ人間の知恵の闇が、私たちの社会生活の日々においてはなくてはならない、善と悪の決まりに則して見つめられています。私たちは、善と悪のきまりに沿って社会生活を送っているのですが、その善とは何であり、また悪とは何なのでありましょう。それは果たして絶対的なものでありましょうか。私たちは普通、それを絶対化しています。そして、それにはそれなりの道理があると言えましょう。どの社会においても、善と悪の基準がなくては、社会生活は成り立たないと言っていいのです。 しかし、社会生活上の基準は、決して絶対的なものではなかったのでした。これまでの一章、二章がそうであったと同じく第三章は、十三章の「自見の覚悟」に対応していると考えられますので、今回はまずその十三章の内容を先に考えて見たいと思います。

 この章には、『歎異抄』を直接にまとめたと思われている唯円房が登場しています。しかも、ここに人間の世界の善と悪にかかわりつつ、親鸞聖人と唯円房の間で交わされる大変に有名な問答があるのでした。まずはその問答をあげて見ましよう。

  ある日、唯円は親鸞聖人に尋ねられたのでした。「唯円房はわがいうことをば信ずるか」と。唯円は当然のように信じますとお応えします。すると、聖人は問いを重ねられたのでした。「さらば、いわんことたがうまじきか」と。そこで唯円房がつつしんで拝承しますと、親鸞聖人は言い出したのでした。「たとえば、ひとを千人ころしてんや、しからば往生は一定すべし」と。まったくとんでもないお言葉だったわけです。唯円房は驚いて答えました。「おおせにてはそうらえども、一人もこの身の器量にては、ころしつべしとも、おぼえずそうろう」と。すると、親鸞聖人は言われたのでした。「これにてしるべし。なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといわんに、すなわちころすべし。しかれども、一人にてもかないぬべき業縁なきによりて、害せざるなり。わがこころのよくて、ころさぬにはあらず。また害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし」と。 まことに人間の根っこの闇を抉りとるような言葉です。

 思えば、人間とは、言葉の知恵によって人間となり、その知恵にそって生きているのでした。その知恵のあり様が、殺すことを命ずる形をとっていたとするなら、どうでありましょう。多くの人が、自分では嫌だと思いながら、殺すことになるのではないでしょうか。そもそも言葉の知恵によって生きること自体が、いのちの私物化に通じていたのでした。真実の自然への背理であるわけです。人間存在を見つめて、「罪悪深重・煩悩熾盛」と言い切られていた一章の言葉を、ここに思い起こしてほしいと思います。もし、人間のこの根本の闇への凝視を怠り、社会的基準が絶対化されてゆくなら、人間の罪悪性はそれこそ止まることのない奈落へと深まってゆくことになりましょう。その極限こそが、人間世界の恐ろしい戦争です。

 思えば、保元と平治の乱は、まさしく殺してはならないことを知る人間の殺し合いだったのでした。皇室の貴族社会が分裂し、武家が台頭してくるのです。この殺し合いのとき、人々は殺してはならないという徳目を、いとも簡単に変えています。それどころか、多く殺せば殺すほど英雄になるわけです。言うなれば、殺してはならないという徳目から、殺しの英雄が生み出されてくるのです。人間の世界の戦争とは、まさにこのきまりときまりの衝突にほかならないと言えましょう。ある人間集団のきまりが善とする徳目が、別の集団のきまりにおいては悪となるのです。この両者に話し合いの道が見つからなかったらどうなるか。それが戦争です。それぞれが、そのきまりをかけて殺し合うのです。殺してはならないというきまりから、殺し合いが起きるとは、何という矛盾でしょう。

 人間はこの矛盾を生きているのでした。しかも、このきまりに呪縛されているときの人間は、そのきまりから戦争という惨劇に落とされても、なおきまりの囚われになりつづけると言えましょう。例えば、戦争の犠牲者を見る眼差しです。自分中心の知恵に呪縛されているときの人間は、戦争の惨劇を通して、いわゆるきまりの裏に張り付いている人間の知恵の闇を顧みようとせず、むしろいっそう強くきまりの囚われとなって、きまりの側に立ってこの夥しい犠牲者を悼もうとするわけです。人間は犠牲者の声のない声に導かれて、自らのきまりを見直すということはめったにないと言えましょう。人間の分かる知恵の無明は、まことに計り知れないと言うほかありません。もし、私たちが社会的な徳目としての善悪の基準を絶対化してゆくなら、人間の分かる知恵の無明は、ついに破れることはないことになりましょう。

 十三章は、人間のこの自力の知恵の闇を見つめているわけですが、その冒頭は次の言葉に始まっていたのでした。

   「弥陀の本願不思議におわしませばとて、悪をおそれざるは、また、本願ぼこりとて、往生かなうべからずということ。この条、本願をうたがう、善悪の宿業をこころえざるなり。―」

 人間の自力の知恵は、善意からとしても、まさしく阿弥陀の智慧に背を向けているのでした。しかも、いのちを私物化してゆき、さらには往生の真実についても、自らの智恵によって決まるかのように錯覚しているわけです。末法の奈落とは、まさにこの自力の闇を言うのであります。 ここでいささか脱線するようですが、ヨーロッパの生んだ哲人カントの『永遠平和のために』(岩波文庫)の眼差しを上げて置きたいと思います。あの哲人が、人間世界の永遠平和を願いつつ、何を見ていたかということです。彼の眼差しは、砂漠の国に出かけたヨーロッパの文明人に向けられているわけですが、ここにある言葉は、まさに分かる知恵の本質を鋭く突くものとして、広く人間一般の闇を抉っていると考えてもよいのではないでしょうか。人間の言葉の知恵の絶対化は、文明の裏側に何を抱えんでいるかと言うことです。

  「―ところで、われわれの大陸の文明化された諸国家、とくに商業活動の盛んな諸国家の非友好的な態度をこれと比較してみると、かれらがほかの土地やほかの民族を訪問する際に(訪問することは、かれらにとって、そこを征服することと同じことを意味するが)示す不正は、恐るべき程度にまで達している。アメリカ、黒人地方、香料諸島、喜望峰などは、それらが発見されたとき、かれらにとってはだれにも属さない土地であるかのようであったが、それはかれらが住民たちを無に等しいとみなしたからである」

 分かる知恵とは、分かる知恵であるが故に、違う世界に出かけてゆくと、そこに同じ人間がいるのに出会いながら、その人間が自分たちと同じ人間であることが分からなくなると言っているのです。それが「住民たちを無に等しいとみなす」ということでありましょう。人間が同じ人間を人間とは見なくなるとは、何ということでありましよう。人間の知恵の無明は、まさに底知れないと言えます。人間の分かる知恵は、分かることから、逆に本質が分からなくなるのです。さて、これが「自見の覚悟」の闇であるとするなら、三章が明示している「口伝の真信」の言葉には、もはや難しい点はないと思われるのですが、どうでありましょう。その冒頭は、次の通りでした。

  「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。しかるを、世のひとつねにいわく、悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや。この条は、一旦そのいわれあるににたれども、本願他力の意趣にそむけり。―」

  人間の自分中心の知恵は、自らを絶対化して他者を裁くのでした。善人が、自らの知恵の無明に気づくことは、まずありえないと言っていいのです。それこそが末法への路であったわけです。そうであれば、人間中心の知恵の闇を見つめている悪人こそが、阿弥陀の智慧に生かされてゆく可能性が、はるかに高いと言っていいのです。実際、鎌倉期の地獄を生きて、そのただ中に真実の智慧を求めて生きた法然、親鸞こそは、あの時代の人間中心の知恵によって裁かれた極悪人だったのでありましょう。

 法然や親鸞がいかに厳しい法難にさらされているかを考えなら、善悪のきまりの裏側に張り付いている人間の無明の深さが、いかに深いかが想像できると言うものです。まことに人知の裏側の闇は底知れないと言えます。 しかし、善人の戦争の歴史の裏には、いわゆる「悪人」として排斥されている人々の歴史があるのです。人間は煩悩の火に焼かれつつも、平和と真実の自由を求めるのだと言えます。いや、何よりも仏縁の歴史があるのです。自分中心の知恵に囚われた人間のきまりの方から、自分の向こうに死者を見る人々がいる一方で、死者の方からくる数限りない仏さまの声のない声に聞き入り、こころから合掌する人々もいるのでした。この仏縁が立ちあがってくるとき、いかなる無明も必ずや破れることでありましょう。そのときこそが新しい生の始まりです。

  「自力作善のひとは、ひとえに他力をたのむこころかけたるあいだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがおして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。―」とは、人間と仏縁の深さを示して、まさしくまっすぐに新生の道を指し示していると言えます。人間とは、自力の闇に苦しむ一方で深い慙愧の知恵を授かることがあるのです。

 思えば、私の『歎異抄』との出会いもまた、まさしく仏縁によるものだったのでした。ここでいま一度、子の死によって明らかにされた、私の分かる知恵の闇を振り返りながら、問題の所在を今ひとつ噛み砕いてみたいと思います。 わたしの知恵の闇を省みる  第一回のときにも述べましたが、私たちの一人息子は、中学生になったばかりのとき、自ら死へと身を投げたのでした。そのときのことが、いままたあらたに思い起こされてくるのです。後で気づいたことですが、死ぬ前の子は、やはり普通ではなかったと思い返されます。人間は自死の苦しみに襲われたとき、さまざまな形でSOSを発信すると言われていましたが、その通りだったわけです。例えば、身辺整理ということがあります。わが家の子にも、その兆候があったわけです。

  中学生になって、しばらくしてからでした。小学生のときのノートや、教科書の整理をすることがあったのです。あるいは、寝不足ではないか、と思われる表情に気づいたこともあります。しかし、私はそれらの信号に、ほとんど注意をはらわなかったのでした。中学生になったのだから、いろいろあるさ、と軽く考えていたわけです。しかし、死の二日前のことは、不注意ということでは、決して済ましてはならないことだと、いまも深く思い返しています。

 夕飯のときのことです。私の右隣にいた子の影が、みように薄い感じでした。食事をしながら本を読んでいたわけです。いや、本を読むというより、本を読みながら、食事をしていたという方がいいかも知れません。顔が本の上に重なっていました。まさか死ということを感じたわけではありませんが、明らかにいつもと様子が違っていたわけです。それとなく見ていると、子は不意に食事を中断しました。二階の自分の部屋に戻ろうとし始めたわけです。目は相変わらず、本の上に張り付けたままのことでした。私は思わず、子の手から本を取り上げました。それこそ思わずのことです。

  見ると、その本は夏目漱石の『こころ』でした。こころ――と私は反射的に思いました。その瞬間、嬉しさが胸をよぎったのを覚えています。何時の間に―、という思いが胸をかすめたのです。だが、次の瞬間、私は言ったのでした。「『こころ』は名作なんだ、そんなに急いで読まないで、ゆっくり味わって読んだら、どうだ!」その私の心底には、こころと気づいての嬉しさとともに「こころ」が分かるのか、という思いがあったが否めません。私は明らかに自分の方が知っているという思いから、読書指導にでたわけです。子はちらりと私の顔を見上げました。しかし、反発の気配はありませんでした。妙に素直でした。「はい」と答えた子の少年らしい声が、いまも私の耳底に生きています。彼はその声を残して、二階に戻ったのでした。私はその後姿を見送りました。子が大空に身を投げたのは、その二日後だったわけです。

 その後、何度、私は自分の耳底に、自分の知っているつもりの声と、その子の声を思い起こしたことでしょう。気が付くと、いつも耳底にその子の声が響いていたのでした。何か言いたげな声でした。あるいは、いかにも淋しそうに思える声でした。その声が私の仏縁への入り口です。私は、少しずつ気づかされたのでした。あの時、子には、言いたいこと、尋ねたいことがいっぱいあったに違いなかったのです。日本のこと―、朝鮮のこと―、なぜ、自分の父親は、朝鮮人なのか―、そして、なぜ自分の名前は、日本人風なのか―、朝鮮人と日本人の間に生まれた自分は、いったい何者であるのか―。私たちの一人子の一身には、朝鮮と日本の、いや、人間の歴史の近代の課題が重く渦巻いていたと言っていいのです。

 子は死後に残されていた日記帳に、暗くゆっくりとうねるそのこころのうねりを、詩の形で書きとめていたのです。

  「じぶんじしんの/のうより/他人ののうの方が/わかりやすい/みんな/しんじられない/それは/じぶんが/しんじられないから」(『ぼくは十二歳』〈じぶん〉筑摩書房、以下同)

  明らかに子は、中学生になってから、意識的に自分探しを始めていたのでした。私は、それに気づいていなかったわけです。小学生のときの子は、いかにも幸せそうでした。誰からも愛されていたのです。子はお茶目で、みんなを笑わせるのが上手だったわけです。四年生、五年生になってからも、見かけ上はなお、なんの屈託もないかのようだつたと言えます。しかし、後に気づいたのですが、六年生になってからの子は、急に何かを見つめようとし始めていたわけです。死後に残された日記帳には、六年の三学期から、亡くなる中学一年の夏休みが始まるまでの、こころの歩みが書きとめられていました。いま上げましたのは「じぶん」ですが、その前にあったのは、次の四つの言葉でした。それを順に上げて見ます。

「自分」
たくさん人がいると/自分がきちがいになる/そして人は/自分だけがきちがいと/思っている/つまり/みんなが自分のことを/きちがいと/思っているのだ

「へや」
たびから帰り/自分のヘヤを/みつめてみると/どこもちがってないのに/なんか/ちがう風に思われる

「人間」
人間ってみんな百面相だ

「ひとり」
ひとり/ただくずれさるのを/まつだけ

 そして、先ほどの「自分」が書かれていたのでした。「じぶん」が信じられないから、何者も信じられないとは、なんという深い絶望でありましょう。しかも、その根っこには「人間ってみんな百面相だ」という人間の罪悪性とともにある表情があったのでした。そして、その言葉につづいていたのが、「ひとり」だったわけです。「ひとり、ただ、くずれさるのをまつだけ」というのです。この「ひとり」とは、近代世界を生きる人間の万人が、心底に抱いている孤独感ではなかったか。私はその子の淋しさに本質的に鈍感だったのでした。何の力にもなれなかった。いや、私は子がその深い淋しさから、救いを求めてさし伸ばしてきた手を、邪険に払いのけていたのではなかったか。

 子が世を去って、どれほどの時を経てからでしょう。ある日、私は突然、気づいたのでした。夏目漱石の『こころ』には、亡き子が日記帳に書いた言葉と同じ響の言葉があったのでした。『こころ』の「先生」は、すでに一九一四年(大正三)の時点で言っていたのでした。

  「私は私自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分が信用できないから、人も信用できないようになっているのです。自分を呪うより外に仕方がないのです」(ちくま文庫)

 しかも、漱石はこの現代人のこころの不安を、近代文明の闇と結びつけていたのではなかったか。『こころ』の「先生」は、上記の言葉につづけていたのでした。「―自由と独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」(前掲書)

 人間は人間中心の近代に至って、個の自由と独立を実現させたのでした。ところが、その個の自由と独立は、自分で自分が信じられない自由だったわけです。ここに人間中心の知恵の落とし穴があった、と言えば言い過ぎになりましょうか。漱石はその『こころ』において、また次のようにも言っているわけです。「―平生はみんな善人なんです、少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」(前掲書)

 思えば、夏目漱石の『こころ』と、亡き子の日記帳の言葉には、六十年を超える時の隔りがあるのでした。しかも、その間には、二度の世界大戦もおきています。にもかかわらず、この二人の言葉には、なお合い通じる孤独なこころの共鳴音があります。この共鳴音が意味するものは何でありましょう。それこそが分かる知恵の闇なのだと言えますまいか。 子の死後に、残された日記帳に「人間ってみんな百面相だ」という言葉を見ることになり、つづいて「ひとり」という言葉を目にしたとき、私は自分の全身が、この「ひとり」の深淵に吸い込まれてゆくのを覚えないではおれませんでした。食卓で『こころ』を広げていたとき、明らかに子は"自分で自分が信じられない"危機にあったわけです。私はその子に、読書指導をしていたのです。まことに分かる知恵の闇は、底知れないというほかありません

 そして、私は厳しい仏縁に当面することになったのでした。それまでは、自らの分かる知恵の闇に気づくことがなかったとは、何という闇の深さでありましょう。死の淵にあった子に読書指導していたとは。いまにして私は、自分の身の罪深さを骨に沁みて感じます。「罪悪深重・煩悩熾盛」とは、まさに私の身心を抉る真実だったと言うほかありません。

  『歎異抄』の三章は、善悪のきまりなくしては生きてゆけない人間を見つめ、その人間の善悪のきまりの裏側に張り付いている知恵の闇を抉り出して、真実の智慧を示しているのでした。明らかにその眼差しは、深く現代に届いています。長くなりました。今ひとつ、亡き子の縁によって教えられたことを結びにあげて、そろそろこの章を閉じたいと思います。

  亡き子はまた、小学校の四年生のとき、サン=ジュベリの『星の王子さま』をそれこそ胸に抱きしめるようにしていたのでした。その姿が、いまも私の眼底には鮮明です。そして私には、漱石の『こころ』とともに、子の亡き後『星の王子さま』を読み直していて気づかされたことがあるのです。サン=テグジュベリは『星の王子さま』において、砂漠で遭難した飛行士と星からきた王子さまを対話させながら、そこにそれこそ朝永振一郎が「科学と文明」において見つめていた近代文明の根っこにかかわる数の問題を、さりげなく忍び込ませていたのでした。それこそはまた、現代人の知恵の闇を鋭く突くものだったわけです。星の王子さまの星が、B―612番であるとした上で、この作者はそこにそっと次のような言葉を挟み込んでいたのでした。

  「ぼくがこんなふうに、B―612番の星の話をして、その番号までもちだすというのも、じつはおとなの人がよくないからです。おとなというものは、数字がすきです。新しくできた友だちの話をするとき、おとなの人は、かんじんかなめのことはききません。〈どんな声の人?〉とか、〈どんな遊びがすき?〉とか、〈チョウの採集をする人?〉とかいうようなことは、てんできかずに、〈そのひと、いくつ?〉とか、〈きょうだいは、なん人いますか〉とか、〈目方はどのくらい?〉とか、〈おとうさんは、どのくらいお金をとっていますか〉とかいうようなことを、きくのです。そして、やっと、どんな人か、わかったつもりになるのです。(中略)おとなの人というものは、そんなものです。わるく思ってはいけません。子どもは、おとなの人を、うんと大目に見てやらなくてはいけないのです。  だけれど、ぼくたちには、ものそのもの、ことそのことが、たいせつですから、もちろん、番号なんか、どうでもいいのです」(岩波書店)

 確かに現代世界の大人たちは、みんな数が大好きなのでした。いや、好きというだけではありません。現代の大人たちは、地動説が数学的に証明されてからのち、何もかもが数の帳尻さえ合えば解決されるかのように思っているわけです。数の知恵を駆使することから、1億分の一ミリの世界にも踏み込めているのですから、当然のことなのかも知れません。しかし、数の知恵は、何処まで踏み込めたとしても、ものそのものに到達することはできないのです。もし、その人間の知恵を絶対化するなら、人間の末法の奈落は、いよいよ深くなるに違いないと思います。

 さて現代の明暗の根っこに触れたからには、もう三章を閉じてもいいように思われます。 三章にでてくる「自力作善」とは、私たちの分かる知恵が万能と考える眼差しであり、姿勢です。人間はしかし、その知恵ゆえに本来一つであるはずの生を、生と死に引き裂き、それを唯一の生として生きるが故に、生・老・病・死の「四苦」に翻弄されているのでした。弥陀の本願とは、その私たちの知恵の闇を超えでてゆく、真実の智慧にほかなりません。人間世界の善悪のきまりは、この真実の智慧との出会いを通してのみ、本当の喜びを開くのだと思います。

第三章の意訳

 善人でさえも、なお阿弥陀の真実の世界に往生できるのです。そうであれば、悪人の往生は、もはやいうまでもないことだといえましょう。ところが、世の人はいつもいい合っているのです。悪人でさえ往生できるのです、まして善人の往生はもはやいうまでもないではないかと。この世の常識は、そこに一応それなりの根拠があるようにも見えますが、阿弥陀の真実の智慧に背いているのです。なぜかといえば、自分中心の知恵によって善き日々が作れると思い込んでいる人は、ひたすら他力の真実をたのみとするこころが欠けているわけです。弥陀の根本の願いに背いているのでありましょう。しかしながら、その自分中心のこころの有り様をひるがえし、他力をこころのたのみとするなら、生きとし生けるものすべてを助けんと誓われて建立された阿弥陀の光の国に往って生きることができます。

  阿弥陀が生きとし生けるものを助けんと願われたのは、身のわずらいとこころの悩みが満ちあふれている私たちの自分中心の知恵では、どのような努力を積もうとも、生死の悩み苦しみを超えることができなかったからです。阿弥陀の願いの根本は、まさしく自分中心の知恵に溺れている悪人にこそ真実の光を恵まんということです。そうであれば、自分中心の知恵の罪悪の深さに気づき、阿弥陀の他力の真実をたのみにする悪人こそが、もっとも往生の正しい因縁です。したがって善人でさえも往生するのであれば、悪人の往生はもはや、いうまでもないではないかといわれているのであります。