『時代によみがえる歎異抄』  高 史明

歎異抄 第七章

一 念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祗も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報を感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々  

天神地祇 天の神と地の神  
魔界外道 魔界は冥界において仏法を妨げるもので、外道は仏教以外の道を意味する。

 「念仏者は、無碍の一道なり」とは、なんと深い確信でありましょう。この章は、まさに念仏者の独立宣言です。人間中心の知恵が、人間にとって実に大きな明である一方、その明はまた、そのまま深い闇に通じていたのでした。その証が、末法の現代の諸相でありましょう。さらに個人で言うなら、その日々が死へと向かっている生の根本的な不安の止めどめない広がりです。多くの人の道連れ自殺は、現代人のいのちがいかに暗いかを示すものです。

 一方、念仏者とは、生と死に引き裂かれた人間中心の生の矛盾に苦しみ、阿弥陀の真実にすべてをお任せして生きようとする人たちのことです。親鸞聖人が、この念仏者に生まれ変わってゆくに当たって、いかなる困難をくぐり抜けてきたかについては、大切な転換点を中心にいろいろと考えてきたことです。親鸞は苦難に満ちた歩みによって、自らを人間の深い闇から解放するとともに、人間全体に真実の光を開示したのでした。第七章の冒頭は、その親鸞の深い喜びと信念の表示だとも言えます。「念仏者」はその存在のまるごとが、「無碍の一道」だと言うのです。まことに味わい深い堂々たる宣言です。

 とはいえ、この七章の冒頭は、江戸期の頃から、多くの人の論議を呼び起こしていると言われていました。この冒頭は、考えようによってはとても難解な言葉です。人間の日々のあり様は、およそ無碍の一道などとは言えたものではないのでした。人間の心身に満ちている迷いや不安が、いかに深いものであるかは、これまでにもいろいろと考えてきたところです。人間は無碍の一道であるどころか、煩悩具足の凡夫です。その凡夫を、無碍の一道と見るとはとんでもないというわけです。確かに念仏者を生身の人と見るとき、無碍の一道との間に容易に一つに重ならない矛盾があると言えます。主語と述語が矛盾するではないか、という意見があっても不思議ではないわけです。

  では、主語と述語を一貫させて解釈すると、どうなりましょう。念仏者の「者」の字は、漢文においては助辞として使われます。そこで人間の内実を見つめ、主語と述語を一貫させようとする人たちは、「念仏者」の「者」を助辞の「は」ではないかと見たのでした。つまり、「念仏者は、無碍の一道なり」と言われているところを、「念仏は無碍の一道なり」と読むわけです。一理ある解釈だと思えます。これで主語と述語の矛盾は、解決されることになるのです。しかし、言葉の知恵によるこの整合性こそが、聖道の学問に通底する闇となったのではなかったでしょうか。

 一方、その反対に「念仏者」の「者」にこだわり、それをあくまで生身の人間と見る人たちもいたのでした。では念仏者の「者」を、あくまでも生きた人間を指すと見る人の視点に立つと、ここはどうなりましょう。その視点の人たちは、「念仏者」はそのまま人間を指すと見て、次の「無碍の一道なり」の方を動かすのでした。「一道」の下に「ユクモノ」の字を加えるのです。確かに「念仏者は、無碍の一道なり」という断言に内容的な矛盾を覚える人にとってみると、「ユクモノ」を補足するなら、ここでの矛盾は解消されます。つまり、「念仏者は、無碍の一道をゆく者なり」となるわけで、首尾一貫するわけです。

 しかし、この納得は自分中心ではないでしょうか。このような言い換えによって確保される表現の整合性とは、言うなれば、2×2=4を絶対的な真実と見る人間の、自分中心の知恵の絶対化にならないかということです。両者はともに言葉の知恵の整合性に引っかかって、分かる知恵の落とし穴に落ちているのです。「念仏者」を「念仏」と読み替えるのが、人間の内実に即しているかのように見えながら、実は表現の整合性に囚われた自分中心のあり様であるとするなら、一方の「ユクモノ」を付け足していこうとする見方もまた、表現の辻褄を合わせようとして、かえって言葉の知恵の落とし穴に落ちて、自らの知恵の闇を見つめる眼差しを失っていると見てよいのです。両者はともにものごとを、言葉の知恵を通して見ることが、いかに深い明暗を抱えることになるかに気づいていないのです。他力を語りながら、自力になっている。

  しかし、「念仏者は、無碍の一道なり」とは、決して自分中心の知恵の働きを現しているのではないのでした。まさしく阿弥陀の智慧を顕しているのです。そうであれば、それはまた、人間の分かる知恵の闇を根っこから打ち破る働きだと言えましょう。念仏とは、何ごとも自分中心に解釈しようとする人間の自力の闇を、根っこから打ち砕く他力にほかならないのです。いま少し踏み込んで言うなら、念仏は辻褄が合わないことをもって、むしろ人間の整合性に囚われる言葉の知恵の闇を打ち破る働きを備えていると言っていいのです。言葉の知恵の整合性こそは、まさに「仮」そのものでありましょう。文字知り顔なのです。

  思えば、『歎異抄』には、いかにも矛盾しているのではないかと思える表現が、至るところに見られるのでした。例えば、すでに触れてきましたが、四章の「念仏して、いそぎ仏になりて」という言い方もその一つです。もし、この言い方を、知識として読み通そうとするなら、いかにも深い矛盾に突き当たることになります。念仏してと、仏になりては、自分中心にこれを見るとき、容易に一つに重ならないのです。

 この一言が、私にとって、どんなに受け入れ難かったかは、すでに四章のときに触れている通りです。長い間、容易に頷けなかった。「おもうがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし」という指摘はまさに骨に沁みて頷くほかなかったわけですが、「念仏」することになって、初めて「いそぎ仏になりて」という言葉の前に立ち竦むことになったわけです。身動きできなかった。私はどうしても、この「いそぎ仏になりて」を、自分中心の知識の言葉として読むことになっていたわけです。しかし、「念仏して、いそぎ仏になりて」とは、まさに全身を戦慄させるような阿弥陀の催促だったのでした。私の自分中心の知恵に納まりきれるものではなかった。

 そして、どんなに長い悲しみの歳月がつづいたことか。それについても、すでに触れてきました。しかし、その出口のない悲しみの歳月があって、私は初めて気づいたのでした。私は念仏の出来ない人間だったのでした。ましてや「いそぎ仏になりて」ということに至っては、とんでもないことだったわけです。たとえ口で称えることはできても、どうしても「お助けください」の念仏を超えることができなかった。 しかし、いまは、こころから頷けます。私の念仏は、まず死んだ子の念仏だったのでした。死んだ子が仏となるとは、まず念仏を称える身となったということだったわけです。だから、どうしても念仏の称えられなかった私が、念仏を称えられたのでした。

 「念仏して、いそぎ仏になりて」とは、まさしく阿弥陀仏の働きだったのでした。いまはその亡き子の念仏が聞こえます。亡き子は、あの悲しみのときから、世界中の数知れない無量の仏さまと一緒になって、私に念仏を聞かせつづけていたのでした。 見渡せば、この世界には、至るところに仏さまの声が満ちています。山に川に草に木に無量の仏の声が満ちています。亡き子はあの日から、その無数の仏さまの念仏の声に加わって、どうしても自分中心の念仏しかできない私のために、私に代って念仏しつづけていたと頷けるのです。それこそが念仏です。私には、その声が長い間聞こえなかったのです。なんという私の罪業の深さでありましょう。

  だが、阿弥陀はこの私を、罪業の身のままに念仏の声に包んでいたのでした。罪業の闇と自由の輝き。まことに不思議な出会いです。阿弥陀の真実がしみじみと感じられることです。『歎異抄』は、まさしく人知では遇うはずのない阿弥陀と人間の出会いの場だったのだとも言えましょう。言葉を代えて言うなら、『歎異抄』は人間の言葉の論理的整合性を打ち破って、その破れ目に仏の智慧を溢れさせる仏道の大地だったのでした。まさしくいのちの真実の大地です。

  ここにいま一度、一六章の言葉を思い起こして見ましょう。「信心さだまりなば、往生は、弥陀にはからわれまいらすことなれば、わがはからいなるべからず。わろからんにつけても、いよいよ願力をあおぎまいらせば、自然のことわりにて、柔和忍辱のここもいでくべし」。

 ここに深い阿弥陀の慈悲が開かれています。まさに「わろからんにつけてもー」ということです。そこに深い真実が開かれていたのでした。「すべてよろずのことにつけて、往生には、かしこきおもいを具せずして、ただほれほれ゛と弥陀の御恩の深重なること、つねはおもいいだしまいらすべし、しかれば念仏ももうされそうろう。これ自然なり。わがはからわざるを、自然ともうすなり。これすなわち他力にてまします。―」念仏とは、まさに他力であり、自然であるわけです。それを人間中心の知識とすることから、わが弟子という争論もおこるのでありましよう。 この要がはっきりするなら、もはや自分中心の解釈に迷うことはないと言えますまいか。「念仏者」とは、阿弥陀にすべてをお任せしてゆく阿弥陀の信心を生きる人なのでした。よいときもわるいときも、阿弥陀にお任せしているのです。阿弥陀の方でも、この信心の行者を決して見捨てないと言えましょう。良いだけではありません。罪悪の道に落ちても、見捨てないのです。その念仏者こそが、まさに阿弥陀の「無碍の一道」なのです。

 ここにまた、親鸞聖人の『愚禿鈔』の次の言葉を思い起こして見ましょう。「本願を信受するは、前念命終なり。『すなわち正定聚の数に入る』――即得往生は、後念即生なり。他力金剛心なり、知るべし」と親鸞は言います。「前念命終・後念即生」とは、いかにも簡潔な真実でありましょう。念仏者とは、この信心の行者です。阿弥陀の智慧が、この行者の心身に刻々に働きつづけるのです。 そうであれば、この信心の行者に対しては、人間の分かる知恵に連なっている天の神、地の神が、どんな障りとなりえましょう。その神々は、もはや念仏者を敬服するほかないのです。また、冥界の魑魅魍魎や仏道以外の思想も、この念仏者の前や後を遮ることはできないと言えます。阿弥陀の智慧はいかなる善をも超えているのでした。その阿弥陀を信じている者はまた、すでにいかなる罪悪の報いからも解かれているとも言えます。それ故に念仏の行者は、何ものもその行く手を遮られることのない無碍の一道なのです。

  ところで、この七章にはまた、十七章の言葉がよく共鳴しているのでした。十七章の冒頭は、次の言葉です。

 「辺地の往生をとぐるひと、ついには地獄におつべしということ。この条、いずれの証文にみえそうろうぞや。学生だつるひとのなかに、いいださるることにそうろうなるこそ、あさましくそうらえ。―」

 「辺地」とは、極楽浄土の周辺を意味します。この一七章は、いわば阿弥陀の本願が信じきれない者に対して、ついには極楽にはゆけず、地獄に落ちますよと言う見地を批判しているのだと言えます。自分中心の知恵は、いのちを自分のいのちと私物化する闇にそって、他人に向かって極楽といい、あるいは地獄と言いつつ、それをまた自分の解釈次第という迷妄に陥っているわけです。まことに深い闇です。

  そして、現代もまた、自分中心の理性の時代なのでした。現代人は、その理性によって地獄を否定する一方で、阿弥陀の智慧をも信じていないと言えましょう。この時代の多くの人は、地獄を否定し極楽を否定しつつ、自らはまたその知恵によって、このいまも刻々に地獄落ちの境遇にあるとも言えます。社会の鉄格子の中に、あるいは壮大なビルの明るい窓ガラスのそばにも、地獄落ちの番を待っている人がいます。華やかな栄光の座にいた者が、一瞬にして奈落へと身を投げてしまうのです。その地獄の諸相は、のんびりとした農村や、幸せそうに見える明るい家庭、そしてまた、弾けるような笑い声のする学校の裏庭にも忍びこんでいると考えられます。地獄の不安に怯えている人が、至るところにいるのです。

  しかし、阿弥陀の万人を助けんとの誓いは、決してその誓いを信じる者だけへの約束ではなかったのでした。阿弥陀は、たとえ仏の智慧を信じない人も決して見捨てることはないのです。善人だけが、助かるわけではないのです。いや、阿弥陀は悪人をこそ、深く見つめているのでした。阿弥陀を信じない現代人もまた、その刻々に阿弥陀に見つめられていると思います。ここに阿弥陀の信心の行者の世界があるのでした。「念仏者は無碍の一道なり」とは、まさに万人に恵まれている仏の一道です。

 第二条において、親鸞聖人は言い切っていました。「念仏は、まことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知らざるなり。――いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」と。

 まことに念仏者にとっては、地獄もまたわが住家なのであります。念仏者とは、自分だけの楽や、幸せだけを願わない人のことを言うのであります。そこに真に他者とともに生きるいのちの大地が開かれるのでありましょう。それこそが念仏者の無碍の一道です。さて、以上をもって、そろそろこの章を終わりにしたいと思います。意訳に入ることにします。

七章の意訳

 念仏者は、阿弥陀の智慧といのちの働く無碍の一道です。そのいわれを申しましょう。阿弥陀のいのちを生きて、その真実の智慧を信じる者には、いかなる天の神、地の神も敬い伏し、冥界の魑魅魍魎や外道の人々も、妨げをなすことはできないのでした。また阿弥陀の智慧に勝るような他の善はないのですから、阿弥陀の智慧を信じている者は、自分中心の知恵にひそむ罪悪の報いを恐れることもないと言えます。それ故に念仏者は、無碍の一道にほかならないのです。これがお言葉でした。