「念仏往生」の大地に立つ 2005.4.2  高 史明

第4章

 
 思えば、日本の歴史上には、たとえ地獄に落ちて念仏することがあっても、「たとえ名号をとなうるとも、仏たすけたまえとは思うべからず」との激しいお声を上げられた人がいたのでした。蓮如上人がその声を発信されているのであります。一四六一(寛政二)年のことです。記録によると、この年の一月と二月の二月の間に、京都では八万を超える餓死者がでたのでした。その背景にも、やがて始まる応仁の大乱の戦争があります。すでに河内の方では、その前哨戦の火の手があがっていたのでした。全国から、兵隊が京都に集まる一方で、お米が入らなくなり、わすが二月の間に八万二千人からの餓死者がでたのであります。鴨川がこの死体で埋まって、冬だというのに死臭が京都中に漂ったと言います。

 蓮如上人が、人々に公然と第一声を発信したのはこのときだったのであります。京都の恐ろしい地獄を前にして、蓮如上人はこのとき、深く親鸞聖人の教えを見詰められたのではないでしょうか。この人間の地獄は何であるのか。何処に人間の真の道があるかと。そして、何とおっしゃったか。先ほど、自分が解体した人間を食べた人が、真夜中に「なんまんだぶ!」の叫び声を上げていたと言いました。人間、まさに地獄の底に落ちるなら、助けてくださいと叫ばざるをえないのでありましょう。自分が食べた人間の顔が夜中に天井から降りてくるのであります。「南無阿弥陀仏」と叫ばざるをえないのでありしょう。これが人間の現実です。

 蓮如上人は、しかし「タトヒ名号ヲトナフルトモ、仏タスケタマヘトハオモフベカラズ」と言われたのでした。

 これは何か。助けて下さいは、人間の阿弥陀に向かう第一歩であります。それは自殺に比べると、いかにも弱いようでありますが、そこには身体性があります。罪業の根っこからの叫びがあります。言葉を代えて言いますなら、助けて下さいと叫んだ人だけが、「タトヒ名号ヲトナフルトモ、仏タスケタマヘトハオモフベカラズ」の声を聞くのであります。自殺する人には、その声は聞こえない。そうであれば、助けて下さいと叫んだ人は、その恐怖の極限から、当然、蓮如は何を言うか、と反発することにもなりましょう。何のための阿弥陀かと、のた打ち回るのであります。しかし、この「助けて下さい」と「反発」こそは、また人間の「祈り」であり、それこそはまた、「お育て」への第一歩ではないでしょうか。反発し、反発しつづけて、なお生き続けてゆくなら、きっと聞こえてくるのであります。

 蓮如上人は、さきの言葉に続けていたのであります。

 「タダ弥陀ヲタノムココロノ一念ノ信心ニヨリテ、ヤスク御タスレアルコトノカタジケナサノアマリ、弥陀如来ノ御たすけありたる御恩ヲ報ジタテマツルナリトココロウベキナリ」と。

 南無阿弥陀仏と称え続けてゆくなら、称え続けている自分を、根こそぎに阿弥陀様におまかせしなさいという阿弥陀の声も聞こえてまいりましょうと。そのとき、初めて本当のいのちの世界が開けるのであります。「助け」とは、自分中心だったのでした。力を自分に積んでくれということ。一方、「たのむ」は、自分を阿弥陀様にお任せするということであります。「恃む」という漢字をここに当てるなら、そこには心と寺があって、この「恃む」には助けてという意味がまったくありません。

 人間世界の戦争は、人間の自分中心の知恵の絶対化に根っこがあったのでした。自然のままに生きている他の生き物に、人間と同じように武器を製造し、爆弾を使用しての戦争がありましょうか。戦争を真に見つめようとするなら、その自分中心から、真実の智慧への歩みを起こしていいのであります。よくよく考えて見ましょう。姿なき仏様に自分中心の知恵への囚われがありましょうか。私たちはいま、その無量の仏様に見詰められているのであります。蓮如上人はおっしゃったのであります。「タダ弥陀ヲタノムココロノ一念ノ信心」と。この阿弥陀様の智慧こそが、現代の戦争の世界を考える時、改めて仏様たちの前で私たちが確認していいことであります。

 ブッシュ大統領が展開した「文明と野蛮」・「善と悪」とは、まさしく正義なればこそ、その裏側には人間の知恵の無明が潜んでいたのではないでしょうか。それでなくて、どうして虚構から、現実の戦争が起きましょう。テロが非道であればあるほど、第二次世界大戦を経ている現代人は、いよいよ自らの知恵をよくよく見詰めていいのであります。そもそもテロの裏側にあるのは、ブッシュ氏の声明のように「野蛮」だけなのでありましょうか。現代世界の現実を見詰めるとき、私はまさに「文明」とは何か、それをも問いにする智慧が求められていいのではないかと思うのであります。現代は核兵器の時代なのであります。あの核爆弾の根っこにあるのは、何でありましょう。「野蛮」なのでありましょうか、「文明」なのでありましょうか。