「念仏往生」の大地に立つ 2005.4.2  高 史明

第7章

 現代の無量の仏様は、まさに私たちをまっすぐに見つめておられるのであります。思えば、お釈迦さまの出家は、そもそもその無明を明らかにされてのことでした。その出家の動機を次のように語られていたのであります。

 「―愚かな者は、自ら老いる身であり、いまだおいを免れることを知らないのに、他人の老いたるを見れば、おのれのことは忘れて、厭い嫌う。―」と。

 人間とは自分中心に何かを見れば、自分が見えなくなるのであります。親鸞聖人の教えは、そのインドのお釈迦様に始まった仏教でした。そして中国、朝鮮を経て日本に伝わり、それが学問仏教になったとき、お念仏の真実としてもう一度世界を担って立ったのであります。危機の深い現代であります。本当の教えはどこにあるか、それを一生かけて突き止められた親鸞聖人の教えを、深く見詰めたいと念じます。その教えを今、具体的に生きている無量の仏様に学びたいと念じます。日本人の仏様だけではない。世界中の仏様に学びたい。仏様こそは完全平等であります。

 今朝の新聞を開きましたら、韓国の国連大使が、日本が国連安全理事会に入るのに反対していると報道されていました。また、いわゆる拉致問題を巡って、日本と北朝鮮との間が極めて緊張した状態になっています。日本ともはや議論しないと表明している。そして中国は、「なぜ小泉首相は靖国神社にお参りして、中国人の気持ちを逆なでするようなことをするのか」と何度も表明していました。しかし、小泉首相は、日本では死んだらみんな仏様になるのだ。仏様は平等である。その霊を慰めることの何処が悪いかーと応えるばかりであります。

 しかし、首相がお参りに行かれる靖国神社には、第二次世界大戦だけでいっても、六五〇〇万人の仏様が祀られておりましょうか。日清戦争、日露戦争の犠牲者がおられるのでありましょうか。南無阿弥陀仏のお念仏がそこにありましょうか。私たち には、自分中心に六五〇〇万人の全世界の仏様を供養するということはできないのであります。こちらから供養しょうとすると、自分を見失い、利用しようということになってまいります。『歎異抄』のお言葉で申し上げたとおりであります。

 思えば、小泉首相の靖国神社への参拝もまた、、すでに自分中心を文明開化の道と見ていた福沢先生が戦没者に向けていた視点と、どこか通底していると考えられます。歴史をひも解きますと、彼には戦死者にかかわって、次のような言葉があったのでした。

 「恐れ多きことながら、大元帥陛下自ら祭主と為らせ給ひ、文武百官を率いて場に臨ませられ、死者の勲功を賞し其英魂を慰する勅語を下し賜はんこと、我輩の大に願  う所なり」と。

 あるいは、先ほどの正岡子規の歌が詠まれたとき同じ年には、また次のようにも言っていたのであります。「靖国神社の臨時祭には辱なくも天皇陛下の御臨席さへありてー」と。今日のアジアの不安を考えますとき、この生者中心の眼差しの根底からの転換を、強く求めないではおれないところであります。 

 第二次世界大戦までの夥しい彼我の犠牲の根っこを如何に深く見詰めるか、それこそがまさに仏様が私たちに願っていることではないでしょうか。人間はなかなか悟りの境地には、いたり得ないのでした。それこそが、浄土の教えでありましょう。人間中心の知恵の無明は、まさに底知れないのであります。そうであれば、科学は大事ではあるけれども、本当に科学を大事にしようと思うのであれば、科学を絶対戦争の手段にしてゆく人間の闇は、よくよく見詰められてよいのであります。「罪悪深重煩悩熾盛」と阿弥陀様に見つめられていました。

 親鸞聖人の教えには、また「小悲、中悲、大悲」お言葉がありました。悲しみという字が、三つに分けて見詰められている。私たち人間の知恵を中心にして、この身心を中心にしての知恵は、「小悲」に相当すると言っていいのかも知れません。人間の悲しみや、愛情はまさに「小悲」であります。その悲しみは以下に深くとも、時に恨みに転化し、その愛情は憎しみに変わることがあるのであります。政治家は、いわばその「小悲」の操作に明け暮れているのではないか。しかし、それこそが「中悲」でありましょう。政治や経済や自然に踏み込んで、そこに働く法則を把握しての操作こそが、理性的人間に可能なことであります。しかし、それこそがまた、「中悲」でありますれば、そこにも人間の無明が深く絡みつくのでありましょう。「小悲・中悲」では、危機の深い現代の末法を開くことができないのであります。

 「小悲・中悲」でもって、どうして人間の根っこからの叫び声に応えることができましょう。逆に第二次世界大戦の犠牲者を生み、あるいは今日の世界の危機、イラク戦争の危機を深めているのが、人間中心の「小悲・中悲」の知恵であります。人間が自然を対象化して生きる存在であれば、人間の知恵のまるこどの否定は無意味であります。しかし、自然を自然法則、あるいは経済を経済法則として捉えるだけでは、末法を開くことはできないのではないか。その程度では人間の無明は破れません。

 「大悲無倦」と開かれていました。また、繰り返しでありますが、蓮如上人は「タトヒ名号ョトナフルトモ、仏タスケタマヘトハオモフベカラズ、タダ弥陀ヲタノムココロノ一念ノ信心ニヨリー」とお示しでした。

 親鸞聖人は、次のように述べられていたのでした。「真実の信心は必ず名号を具す。名号は必ずしも願力の信心を具せざるなり。このゆえに論主建めに『我一心』と言えり。また『如彼名義欲如実修行相応故』と言えり」と。

 思えば、人間はまず、助けて下さいと叫ぶのでした。しかし、そこには、「願力の信心」が備わっていなかったのであります。先ほどからさまざまに述べて参りました日清戦争からの矛盾は、まさに万人がこの自分中心から引き出されて、「大悲」に生かされるとき、初めて開かれるのでありましょう。その大悲の立場にいかにして立たされるか。

 先ほどから、朝鮮と日本の間の近代と現代の矛盾を、さまざまに申し上げてまいりました。無量の仏様は、その私の思いをどのようにお聞き下さっておられましょう。思えば、その矛盾を極めて鋭く集約いたしますと、伊藤博文と安重根の間のいかにも重い矛盾が、彼我の日々に暗い影を落としているのでした。伊藤博文はいわば明治の元勲と言われています。しかし一方、彼は朝鮮・韓国からすると、朝鮮併合の極悪人であります。韓国・朝鮮では、日本の反対に伊藤を暗殺した安重根こそが、まさに愛国の義士であります。この矛盾をいかにして超えるか。

 近代文明は、今日、核時代に至ったのでした。そうでありますれば、安重根と伊藤博文の矛盾を超えることは、今日の人類史的・本質的課題に通じていると言っても過言ではないと考えます。ここがアジアにとって大問題であり、イラク戦争ともかかわっている世界の人間的課題なのではないでしょうか。どうしても避けて通れない。「小悲・中悲」では、靖国神社の問題からしても明らかのように、どうしても解けない課題となります。「大悲」の世界が、どうしてもなくてはなりません。

 しかしその「大悲」は、如何にして開かれるのか。私たちの課題であります。改めて今日の法要の意義を考えないではおれません。私たちはいままさしく無量の仏様によって見詰められているのであります。その無量の仏様は、今度の戦争の犠牲者だけではなく、例えば世界に近代の国民国家が出現してきたときから犠牲者をも見詰めておられる違いないと考えられます。ところで、その近代国民国家の誕生とかかわって、ナポレオン軍のスペイン侵攻があり、そこでは悲惨なスペイン住民の虐殺が起こったのでした。世界の画家ゴヤに「一八〇八年五月三日、フリンシベ・ビオの丘の銃殺」という名画があります。そしてこのゴヤが、銃殺される人々の中心に見ていたのは、磔になったキリストではないかと言われていました。

 また、現代の画家ピカソには、ゴヤの「銃殺」とまったく同じ構図のもとに描かれた「朝鮮虐殺」がありました。ところで、ゴヤの時の銃殺隊は、甲冑で身を固めているとはいえ、なお人間であることが感じられるものでした。それに反して、同じ構図でありながら、ピカソの銃殺隊は、まるでロボットそのままに描かれているのであります。私はこの二人の画家の眼差しに、人間の時代を見詰める画家の眼差しの深さを覚えます。そこには仏様の眼差しが重なっているのではないでしょうか。

 原子爆弾の時代とは、人間が造ったロボットが人間を殺戮してゆく時代となっているのでした。その無機質の構造は、決して戦争の場に見られものとは限りません。現代の繁栄には、株や為替の操作によって、何百億という大金が一夜にして右から左につっ走る現象がともなっているのでした。その繁栄には、人間の肉体性がないのであります。先ほども引用しましたが、『歎異抄』にはまた、次の言葉がありました。

 「一文不通のともがらの念仏もうすにおうて、『なんじは誓願不思議を信じて念仏もうすか、また名号不思議を信ずるか』と、いいおどろかして、ふたつの不思議の仔細をも分明にいいひらかずしてひとのこころをまどわかすこと、この条、かえすがえすもこころをとどめて、やもいわくべきことなり」

 人間とは文字を使うことから、文明を開いたのでした。しかし、その文字の知恵から、原子爆弾の製造にまで至っているのであります。まさに文字の知恵に迷い,賢人と愚人を分けているのであります。それはまさに、静かに念仏を称えている人に向かって、「なんじはー」といい驚かすことにもなっていることと変りないと言えましょう。その記号の一人歩きが、原子爆弾にもなり、株の操作や世論の操作ともなって、人間の世界を仮想現実にしているのであります。

 例えば、安重根や伊藤博文が、この状況を見ればどう思うでありましょう。いや、私は今この御御堂に無数の仏様がおられ、今日の世界を真っ直ぐに見詰めておられると思います。安重根仏や伊藤博文仏は、その「大悲」の智慧に包まれた姿なき身を通して、現代世界の無明をまざまざと照らしだしているのではないでしょうか。これは余談でありますが、伊藤博文は、晩年に湘南の「滄浪閣」に住んだと言われていました。ところで、中国の詩人・屈原に「漁夫」という表題の詩があったのでした。屈原は楚国の危機の時代を生き、讒言のために故国を追われ、ついに泪羅の淵に身を投げて死んだ人であります。「漁夫」は彼の死後、別人が彼の心情を思って詠んだ詩だと言われていますが、そこに次の言葉があるのでした。

 「滄浪の水濁らば/以て吾が足を濯う可しと」その意味するところは、「道の行われぬ時は、足を洗って世をかくれればよい」ということにあると言います。伊藤博文はどういう思いから、その晩年の住処に「滄浪閣」という名を付けたのでありましょう。明治の元勲と呼ばれながら、死期を感じ始めたとき、深い「いのち」への思いがあったのではないでしようか。つまり屈原への共感であります。いや、いや、それがなくても、いまは仏様であります。「大悲無倦」であります。ここに近代世界の矛盾を超える智慧の世界があります。

 繰り返しでありますが、第二次世界大戦だけで考えても六五〇〇万人人からの犠牲があったのでした。にもかかわらず、その後、すぐに朝鮮戦争がありました。ここでは第二次世界大戦のとき、世界中で使われた爆弾の倍以上が、炸裂させられたと言います。日本の第二次世界大戦での民間人の死傷者は、全体の四〇%にはなっていなかったのではないでしょうか。確か三〇数%だったと思います。しかし、朝鮮戦争の時には、それが八〇%を超えたのではなかったか。さらにベトナム戦争の時には、なんと九五%の死傷者が民間人であったと言います。

 その無量の仏様が、いま私たちを見守っておられるのでした。その仏様が、その姿なき身で私たちに示しておられるのは、お浄土の真実でありましょう。思えば、親鸞聖人は「念仏往生」の大地を開かれていたのでした。しかも、その大地を生きる念仏者こそが「世のなか安穏なれ、仏法ひろまれ」の真実を生きる人であると述べられていた。親鸞聖人が幕府の裁判に引き出された性信に宛てたお手紙にそれがあります。性信に激励の言葉として送った阿弥陀様の教えの要でございます。小悲・中悲に安住することなく、無量の仏様に見詰められて、「念仏往生」の大地に向けて生き抜きたいものであります。 

 念仏者は、往生一定と阿弥陀様に見定められているのでした。「タダ弥陀ヲタノム一念ノ信心」であります。人間は涙を流す存在でした。悲しみを知っている存在であります。しかも人間の悲しみはすぐ消えない。それはなんでありましょうか。人間はその業ゆえに、悲しみを恨みに転化することもあります。しかしながら、私は浄土真宗の教えを頂いてきて、今ようやく自分の中から出てくる悲しみの涙は、実は仏様が私たちに向かって涙を流していて下さっているまさに「大悲」、仏様の涙の印だったのでした。仏様が罪悪深重煩悩熾盛の私たち見つめていて下さっているからこそ、私たち人間の涙があったのであります。

 そのいのちの真実に立って、どうぞ念仏往生の大地を生き抜かれ、「世のなか安穏なれ、仏法ひろまれ」という助け合いの道を、この日本の浄土真宗の教えのなかから開いて欲しいと心から念じます。

 これで終わりですか、最後に朝鮮人として、北朝鮮の問題で一言もうあげたいと思います。昨今は拉致問題と核の問題で、北朝鮮との関係が大変険しくなっています。この問題でも、私は福沢先生に教えられるのであります。福沢諭吉はいみじくも述べていたのでした。日本の国内で難しい問題が起きたときは、朝鮮でことを起こしておけばいい、と。そうすると目がみんなそっちへいってしまうから、日本は一致団結して事に当たれると言うわけであります。しかし、この理性には対象化する知恵はあっても、ともに世のなか安穏なれの願いはないと言えましょう。念仏がない。私は自分が容易に仏様の教えに従えない人間であればこそ、いや、いつも背いている人間であればこそ、いつも仏様の眼差しを感じるのでした。お念仏を称えさせていただく、悲しみの涙を頂戴していく、その時必ず私中心であったものが、実は自分が泣いていたと思っていたのが、阿弥陀様、無量の仏様が泣いて下さっていたのだ、それこそが真実の世界だと感じるのであります。その「念仏往生」の真実こそが、世界に本当の平和を開くのであります。 

 皆様のお念仏とともに開けてゆくいのちを心から念じることであります。お念仏の世界だけが本当の平和の世界でございます。みなさんが、お念仏をきちんと受けて仏様と対話をしながら、そして若い人にも手を差し伸べてほしいと思います。うるさいジジ・ババだと言われても、お念仏を称えなさいと言ってほしいと思います。そうでないと、今日の若い人たちは、孤立無援の孤独砂漠の中に生きることになりましょう。イラクに派遣されている若いアメリカ兵のためにも、お念仏して欲しいものであります。また、イラクの人々のためにも、お念仏して下さいますよう。

 今日の阿弥陀様の教えのご縁に感謝いたします。皆様とともに、これからも仏様に見つめられながら、お念仏の歩みを最後まで通して生きたい。そして、息を引き取るときがきたら、皆様に「お念仏、称えとるか」と言えるようになりたい。そのように願っております。今日は皆様ありがとうございました。
           合掌